スケジュール(予定)
8月25日(月)
12:30 | 受付開始 |
13:00 | サマースクール開講挨拶 |
13:10 | |
|
「認知研究のこれからを議論しよう」
講師:安西祐一郎
概要: 認知研究のこれからについて以下の5点を議論する。
(1)ノーベル賞授賞式に5回出席した経験を踏まえ、認知科学/AIの研究が受賞した4つのノーベル賞(物理学賞2024、化学賞2024, 経済学賞2002, 経済学賞1978)を引き合いに、認知研究の在り方を論じる。
(2)最近の話題であるモデルフリー/モデルベース推論と生成AI、推論AIの関係を引き合いに、これからの認知研究とAI研究の関係を考える。
(3)心と身体、心と脳、心と社会、および心をとらえるフレームワークの展開(以上『認知科学講座(全4巻)』東大出版会, 2022の表題より)を引き合いに、認知研究の未解決課題と課題への切り込み方を考える。
(4)一例として、演者が20年近く考えてきた「情報共有によるインタラクションの理論」(略して「共有論」)とその背景を概説する。特に、認知科学/AIにおける「知識」が認識哲学における「知識」になり得る条件、情報を共有しているという思い込みの問題、共有情報の実在性の問題について、進化、発達、学習の観点から解説する。
(5)演者の50年にわたる研究経験を交え、認知研究のこれからを改めて考えるとともに、各参加者の研究の未来を探る。
-各セッションは質疑・討論を含む。
13:10-13:55
演者のノーベル賞との関わりを踏まえ(安西「ノーベル賞の世界」交詢雑誌, 2023年2月号)、ノーベル賞(クラス)の認知研究/AI研究とはどんな研究だったかを振り返る-観察(現象、人間、社会)、目的(科学、工学、哲学)、方法論、理論、モデル、説明、実験、研究の蓄積、社会へのインパクト。4つの例:2024年ノーベル物理学賞(Hinton, Hopfieldー人工神経回路網モデル)、2024年ノーベル化学賞(Hassabis, Jumper-タンパク質構造予測)、2002年ノーベル経済学賞(Kahneman-認知バイアスとプロスペクト理論)、1978年ノーベル経済学賞(Simon-限定合理性と手続き合理性)。研究とは新発見や新発明への創造的努力であると考え、これら4例の「新発見・新発明」と「創造性」がどこから来たか、歴史をかえりみながら検討し、認知研究の在り方を議論する。
13:55-14:40
最近の話題の一つであるモデルフリー推論とモデルベース推論について、10年前のCREST「記号創発ロボティクスによる人間機械コラボレーション基盤創成」キックオフ会合における招待講演(安西, 2015年11月)を引用しながら、近年の生成AIあるいは最近話題の推論AIがどんな役割を果たし得るかを議論する。さらに広く、認知研究にAI研究がどう貢献し得るかを考える(安西, 人工知能学会論文誌, 33(2), 2024)。
15:00-15:45
『認知科学講座(全4巻)』(東大出版会, 2022)の内容を例に、認知研究の未解決課題と課題への切り込み方を考える。「心と身体」(表象、記号接地、フレーム問題、プロジェクション、統合感覚/結合問題ほか)、「心と脳」(多対多対応、functionally-networked neural platforms、情動、アブダクション推論、社会的認知、言語と脳、AIと脳、哲学の役割ほか)、「心と社会」(社会と文化、習慣、熟達、言語、インタラクションほか)、その他の問題を論じる。
15:45-16:30
「情報共有によるインタラクションの理論」(略して「共有論」)の概要を解説する(安西, 認知科学, 24(2), 2017; Anzai, Learning and Interaction: From Cognitive Theories to Epistemology, Keio University Press, 2021)。(a)問題のありか(社会の変化、政治の変化、ニセ情報、真実とは何か、教育の変化、AI・ロボティクスの発展)、(b)認知科学/AIにおける「知識」が認識哲学のいう「知識」になり得る条件、(c)情報を共有しているという思い込み、(d)共有情報の生成過程、(e)共有情報の実在性、(f)進化、発達、学習の観点の重要性。
16:50-17:30
討論の時間:演者の50年にわたる研究経験を交え、認知研究のこれからを改めて考えるとともに、各参加者(演者を含む)の研究の未来を探る。
夜 | 「日本発の認知科学を発展させる/作る」 |
| 講師:森田純哉(静岡大学情報学部行動情報学科) |
概要 | 認知科学会国際交流室では、CogSci Meetup in Hamamatsu や CogSci Asia-Pacific Meetup Kickoff など 日本の認知科学の国際化に向けたイベントを企画・運営してきました。これらの取り組みは、「世界の認知科学」の一方的な輸入を志向するものではなく、日本の認知科学を世界に向けて発信し、日本の認知科学研究が世界で輝くための戦略を議論するものです。本ワークショップでは、こうした流れを踏まえ、「日本発の認知科学を発展させる/作る」というテーマのもと、参加者が主体的に議論・提案を行うセッションを設定します。まず、認知科学に関する参加者自身の関心や体験を共有し、「日本の認知科学」の独自性や発信の意義を考えるグループワークを実施します。その後、全体セッションを通し、「自分たちが創る未来の認知科学」に関する提案を行います。 |
---|
参考サイト
CogSci Meetutp in Hamamatsu
https://sites.google.com/view/cogscimeetuphamamatsusu/meetup-hamamatsu
CogSci Asia-Pacific Meetup Kickoff
https://sites.google.com/view/cogsci-asia-pacific-meetup/home
8月26日(火)
午前: | 「認知モデリングと自然言語処理」 |
| 講師: 大関洋平(東京大学大学院総合文化研究科 言語情報科学専攻) |
概要 | 人間の言語能力・言語処理を計算機上で再現するモデルの開発は、認知科学・人工知能の究極的な目標であり、解釈性・頑健性・効率性など深層学習に基づく自然言語処理の諸問題を解決する工学的なポテンシャルも秘めている。本発表では、人間らしい言語処理モデルを開発する研究分野である認知モデリングの概要と展望を紹介する。具体的には、記号・知識と深層学習を融合した言語モデル・構文解析器、認知・脳情報データで言語モデルを訓練・ファインチューニングするためのアルゴリズム、言語モデルの言語能力・言語処理を評価するためのベンチマークを概観する。加えて、認知モデリングの観点から昨今の大規模言語モデルが及ぼす学術的なインパクトについて議論する。 |
---|
午後: | 「ロボット・AIは感情をもてるのか? ー ヒトとロボットの比較から考える五感と感情 ー」 |
| 講師:日永田智絵(奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 情報科学領域) |
概要 | 本講演では、「五感」と「感情」に焦点を当て、さまざまな分野の知見を横断的に活用しながら、ヒトとロボットの比較を通して、どのようなアプローチをすれば、ロボットやAIといった人工物が感情をもつことが可能になるのかについて議論する。参加者には、ワークシートを使って自分の意見を考える時間や、簡易なプログラミングトイロボットを使った体験の機会を提供し、感情やロボットに対する理解と興味を深める時間としたい。 |
---|
開催の趣旨
日本認知科学会・会長
嶋田総太郎
日本認知科学会のサマースクールは2011年から始まり、途中でコロナ禍による中断を挟みながら、今年で第12回を迎えました。本サマースクールは、異なる分野の研究者や学生が集い、認知に関わるさまざまなテーマについて学び、議論を深める貴重な場となっています。
2025年度のテーマは「認知科学とともに考える生成AI」です。ここ数年、生成AIを筆頭とするAI技術の目覚ましい進展は、私たちの研究のみならず、日常生活や社会のあり方そのものに大きな影響を与えています。その一方で、AIの開発や進歩が人間の認知の理解にどのように資するのか、また認知科学の知見がAIの設計や評価にどのように貢献しうるのかについては、今なお多くの問いが残されています。
本年度のサマースクールでは、認知科学と生成AIの接点をさまざまな視点からとらえるために、第一線で活躍されている講師陣による講演と、参加者同士の活発なグループディスカッションを通じて、複眼的な思考と実りある対話の場が生まれることを期待しています。特に若い世代の皆さんにとっては、専門を超えた視野を広げる絶好の機会となるでしょう。
また、特筆すべきこととして、本サマースクールの第1回から毎回ご講演を賜ってきた安西祐一郎先生が、先生ご本人のご意向により、今回で最後のご登壇となります。AIと認知科学の対話が重要性を増すなか、常に先見的な視点から私たちの思考を導いてこられた安西先生のご講義は、本サマースクールの知的基盤として大きな役割を果たしてきました。これまでの長年にわたるご貢献に、心より感謝申し上げますとともに、今回のご講演は先生の知見に直接触れる最後の機会となりますので、これまでご講演を聞いたことのない方には、ぜひとも参加いただきたい貴重な機会です。
未来の認知科学を切り拓く皆さんが、このサマースクールを通じて新たな問いと進むべき方向性を得られることを心から願っています。
サマースクール2025への期待
安西祐一郎
世界的に見て優れた研究の多くが、多様な背景(研究方法、研究分野、文化、国籍、その他)を持つ研究者同士が対話を重ね、刺激しあう場から生まれるようになっています。
行動実験、脳機能研究、ビッグデータ処理などの方法に通じた研究者の共同研究が増えていることはご存じの通り、被引用回数の多い論文が国際共同研究から生まれる割合も急速に高くなっています(文科省科学技術政策研究所調査)。最近では、複数の研究方法をマスターした一人の研究者が、世界に先駆けた成果を次々と挙げることも目につくようになりました。
しかし、とくに日本の国内では、いまだに若手研究者や院生の多くが、何年も同じような人たちと狭い研究室やゼミや同一の学会の中で過ごし、限られた所属分野、お仕着せの研究方法、自分の周囲の先生や学会に限られた狭い人脈といった、「似たような人たちとだけつきあう多様性のない研究の場」に生きているように見えます。
世界の研究環境の変化と無縁のガラパゴス的生活をしていれば、居心地もよく、ストレスもそれほど感じなくて済み、表面的には有意義な研究をしている気になれます。しかし、研究の方法や考え方の似た者同士からは、世界の第一線から見ると重箱の隅をつついた結果しか出てこない、世界はすでにそういう時代に入っています。
認知科学に関心を持つ若い研究者や院生には、内輪にこもった分野ごとの研究文化や各分野の伝統的な研究法に囚われず、新しい研究方法を開拓していってほしい。そして、多様な研究者と刺激しあって、ワクワクするような学術の世界を創り出してほしい。とくに、世界の本当のフロンティアに飛び込んで力いっぱい頑張ってほしい。それが私の願いです。
このサマースクールも10回を越え、今回で12回目になりますが、サマースクールを創設し、運営し、支えてきた歴代会長はじめ多くの方々に改めて感謝するとともに、世界トップレベルの常道である多様で開かれた研究の在り方を学ぶこと、これも世界トップレベルの常識である基礎研究と社会の場の結びつけを図ること、そして、ガラパゴス的研究生活を打破する新しい学術の世界を創り上げていくエネルギー源になることを、心から期待しています。