開催の趣旨
日本認知科学会・会長
嶋田総太郎
日本認知科学会のサマースクールは2011年から始まり、途中でコロナ禍による中断を挟みながら、今年で第12回を迎えました。本サマースクールは、異なる分野の研究者や学生が集い、認知に関わるさまざまなテーマについて学び、議論を深める貴重な場となっています。
2025年度のテーマは「認知科学とともに考える生成AI」です。ここ数年、生成AIを筆頭とするAI技術の目覚ましい進展は、私たちの研究のみならず、日常生活や社会のあり方そのものに大きな影響を与えています。その一方で、AIの開発や進歩が人間の認知の理解にどのように資するのか、また認知科学の知見がAIの設計や評価にどのように貢献しうるのかについては、今なお多くの問いが残されています。
本年度のサマースクールでは、認知科学と生成AIの接点をさまざまな視点からとらえるために、第一線で活躍されている講師陣による講演と、参加者同士の活発なグループディスカッションを通じて、複眼的な思考と実りある対話の場が生まれることを期待しています。特に若い世代の皆さんにとっては、専門を超えた視野を広げる絶好の機会となるでしょう。
また、特筆すべきこととして、本サマースクールの第1回から毎回ご講演を賜ってきた安西祐一郎先生が、先生ご本人のご意向により、今回で最後のご登壇となります。AIと認知科学の対話が重要性を増すなか、常に先見的な視点から私たちの思考を導いてこられた安西先生のご講義は、本サマースクールの知的基盤として大きな役割を果たしてきました。これまでの長年にわたるご貢献に、心より感謝申し上げますとともに、今回のご講演は先生の知見に直接触れる最後の機会となりますので、これまでご講演を聞いたことのない方には、ぜひとも参加いただきたい貴重な機会です。
未来の認知科学を切り拓く皆さんが、このサマースクールを通じて新たな問いと進むべき方向性を得られることを心から願っています。
サマースクール2025への期待
安西祐一郎
世界的に見て優れた研究の多くが、多様な背景(研究方法、研究分野、文化、国籍、その他)を持つ研究者同士が対話を重ね、刺激しあう場から生まれるようになっています。
行動実験、脳機能研究、ビッグデータ処理などの方法に通じた研究者の共同研究が増えていることはご存じの通り、被引用回数の多い論文が国際共同研究から生まれる割合も急速に高くなっています(文科省科学技術政策研究所調査)。最近では、複数の研究方法をマスターした一人の研究者が、世界に先駆けた成果を次々と挙げることも目につくようになりました。
しかし、とくに日本の国内では、いまだに若手研究者や院生の多くが、何年も同じような人たちと狭い研究室やゼミや同一の学会の中で過ごし、限られた所属分野、お仕着せの研究方法、自分の周囲の先生や学会に限られた狭い人脈といった、「似たような人たちとだけつきあう多様性のない研究の場」に生きているように見えます。
世界の研究環境の変化と無縁のガラパゴス的生活をしていれば、居心地もよく、ストレスもそれほど感じなくて済み、表面的には有意義な研究をしている気になれます。しかし、研究の方法や考え方の似た者同士からは、世界の第一線から見ると重箱の隅をつついた結果しか出てこない、世界はすでにそういう時代に入っています。
認知科学に関心を持つ若い研究者や院生には、内輪にこもった分野ごとの研究文化や各分野の伝統的な研究法に囚われず、新しい研究方法を開拓していってほしい。そして、多様な研究者と刺激しあって、ワクワクするような学術の世界を創り出してほしい。とくに、世界の本当のフロンティアに飛び込んで力いっぱい頑張ってほしい。それが私の願いです。
このサマースクールも10回を越え、今回で12回目になりますが、サマースクールを創設し、運営し、支えてきた歴代会長はじめ多くの方々に改めて感謝するとともに、世界トップレベルの常道である多様で開かれた研究の在り方を学ぶこと、これも世界トップレベルの常識である基礎研究と社会の場の結びつけを図ること、そして、ガラパゴス的研究生活を打破する新しい学術の世界を創り上げていくエネルギー源になることを、心から期待しています。