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日本認知科学会

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日本認知科学会について

会長就任のご挨拶 - 内海 彰 -

このたび,2021年~2022年の2年間,本学会の会長を仰せつかりました.本当に微力ではありますが,学会の発展のために尽力したいと思いますので,どうぞよろしくお願いいたします.

認知科学という学問分野の将来は,必ずしも前途洋々ではありません.認知科学の存在意義が問われていると言っても過言ではないでしょう.一昨年のNature Human Behaviour誌に「認知科学に何が起こったか?(原題:What happened to cognitive science?)」(Núñez, Allen, Gao, Rigoli, Relaford-Doyle, & Semenuks, 2019)という,我々にとって刺激的な論文が掲載されました.この論文では,Cognitive Science誌の掲載論文における著者所属や引用・非引用雑誌が(認知)心理学に大きく偏っているという計量書誌学的分析や,認知科学の名を冠している欧米の大学における教員の学位分野や学部カリキュラムの分析が行われています.それらの分析に基づいて,計算としての認知(Cognition as computation)という旗印を基にmultidisciplinaryな学問分野の先人たちによって提唱された認知革命から70年ほど経った今,interdisciplinaryな一つの学問分野としての認知科学への移行は失敗に終わっていると主張しています.この論文で示されている状況は,少なからず『認知科学』誌や日本の教育機関にも当てはまることでしょう.細かい論点1)はさておくとして,この論文で示されている認知科学の現状は,認知科学を愛する一人の研究者として,残念でなりません.

このことは学術分野に留まる問題ではなく,社会的プレゼンスの問題であるとも言えます.例えば,近年のAIのめざましい発展を目の当たりにして,その基礎となるディープラーニング技術が認知科学者たちによって築かれてきたことは,世間的にはあまり知られていないでしょう.また,将来的に人間社会に深く入り込んでくるであろうAIに対して,社会全体や各個人がどのように共存するかという問題を考える上で,認知科学的な視点はますます重要になってくると思います.その他にも,SDGsを達成するための持続可能な社会システムを設計・創成していくためには,社会の構成員としての人間の認知特性を取り入れていくという視点が欠かせません.「人間を知るためには,認知科学者に聞け!」と世間が思ってくれるようになることが理想でしょう.

もちろん学問分野は,学会がトップダウンに作り上げていくものではありません.個々の研究を通じてボトムアップ的に構築されていくものです.しかし,認知科学という学問分野を確立し,社会的プレゼンスを高めていくための環境を整えることは,学会の重要な役割です.例えば,些細なことですが,本学会の年次大会において現在でも口頭発表はシングルセッションで行われているのは,多様な分野の研究者たちの議論を大切にしているからです.その他にも,様々な面で「学際的」であることの重要性を意識した運営を行っています.一方で,それが上手く機能しているかどうかをきちんと精査した上で,必要に応じて新たな仕組みを作っていくことも考えていきたいと思います.

さて,本学会の中に目を向けると,植田前会長,服部編集委員長,嶋田事務局長を中心とする皆様のご尽力によって,大きな変化がもたらされています.最も大きな出来事としては,学会誌『認知科学』の完全オンライン化があげられます.学術研究の公開方法は近年大きく様変わりしています.オンラインによる速やかな無料公開は,研究成果を広く問うていく上で不可欠になっていますし,研究者にとっても大きなメリットになります.多様な分野の研究者たちの目に触れることは,上述した学際性という点からも重要です.それと同時に,会員であることのメリットをどこに見出すかも,きちんと考えていかなければいけません.また残念ながら,学会の現在の財政状況も必ずしも順調というわけではありません.そのような中で,より多くの会員が会員であることに満足してもらえるための運営を考えていきたいと思います.

学会は会員のためのものです.以上のような様々な課題に対して,会員の皆様からの率直な意見を伺いながら,進めていきたいと思っています.何かの機会に個人的にこそっとでも構いませんので,本学会がこれからどのような方向に進んでいくべきなのか,ご意見をいただければ幸いです.

最後に一言.この原稿を執筆している時点では,コロナ禍の収束は全く見通せない状況です.この記事が皆様の目に触れる頃には状況が好転していることを期待していますが,もしかすると,皆様には対面でお会いできないバーチャルな会長になるかもしれません.コロナ禍は我々の日常生活に大きな影響をもたらし,「新しい生活様式」や「アフターコロナ」と呼ばれるように,我々の生き方そのものを変える,もしくは考え直す機会を皮肉にも提供しています.研究者という視点から考えても,コロナ禍が良くも悪くも研究活動に大きな影響を与えています.コロナ禍がもたらしているこのような様々な変化に対して,認知科学から何らかの発信ができるのではないでしょうか.



  • 1) Cognitive Science Societyは,Topics in Cognitive Science誌上でNúñez論文(Núñez et al., 2019)に対する10件の論文を掲載しました(Gray, 2019).その後,それらの論文に対するNúñezらの回答論文(Núñez, Allen, Gao, Rigoli, Relaford-Doyle, & Semenuks, 2020)も掲載されています.

文 献

Gray, W. D. (2019). Welcome to cognitive science: The once and future multidisciplinary society. Topics in Cognitive Science, 11, 838-844.
Núñez, R., Allen, M., Gao, R., Rigoli, C. M., Relaford-Doyle, J., & Semenuks, A. (2019). What happened ? to cognitive science? Nature Human Behaviour, 3, 782-791.
Núñez, R., Allen, M., Gao, R., Rigoli, C. M., Relaford-Doyle, J., & Semenuks, A. (2020). For the sciences ? they are a-changin’: A response to commentaries on Núñez et al.’s (2019) “What happened to cognitive ? science?” Topics in Cognitive Science, 12, 790-803.


会長ごあいさつ

内海会長のごあいさつ