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認知科学とは - 植田一博 -

認知科学(cognitive science)とは、情報処理という観点から、生体(特に人)の知の働きや性質を理解する学問です。1950年頃に、当時全盛であった行動主義心理学(behaviorism)に異を唱える形で、人工知能(artificial intelligence)とともに、いわば双子の学問として成立したと考えられています(内村・植田・今井・川合・嶋田・橋田, 2016)。非常に大雑把に言うと、行動主義心理学が、生体に与えられる刺激とそれに対する反応の対(連合)という外から観察可能な事柄だけを頼りに知を捉え、刺激から反応を生じさせる生体内部の情報処理という外から観察が難しい事柄に関心を向けなかったのに対して、認知科学は、このような情報処理こそが生体の知を考える上で重要だという認識のもとに生まれました。当時生まれつつあった情報科学の考え方がその背景にあったと言われています。認知科学と人工知能がともに研究を進めることで、人の知と人工知能(特に古典的な人工知能)の違いが明確になってきました。例えば、後者の人工知能が論理や期待効用仮説などのアルゴリズムや規範理論に基づいて推論や判断を行うのに対して、前者の人はヒューリスティック(heuristic)と呼ばれる経験則に基づいて直感的に判断、推論すること(Kahneman, 2012)がわかってきました。

ところが、どの研究者も、刺激から反応を生む生体内部(特に頭の中)の情報処理過程を直接的に観察する手段をもっていません。1990年代になると、機能的磁気共鳴映像装置(fMRI)などによってタスクを行っているときの脳活動を可視化できるようになりましたが、このような脳の可視化を行っても、生体の情報処理過程やその機序(メカニズム)を「確定」することはできません。つまり、外から観察可能な刺激と反応の関係から、その際に生体内部で生じている情報処理過程を「推定」せざるを得ないわけで、その意味では、行動主義心理学の時代と比べて、認知科学研究の「方法論」が飛躍的に発展したというわけではありません。上述した人の知の特徴も、このような推定からわかってきたことです。

しかしながら、外から観察可能な刺激と反応の関係から生体内部で生じている情報処理過程を推定する「方法」自体は、1990年以降の30年間で大幅に進歩しました。それ以前は、タスクの実行時に考えていることを言語的に報告してもらうプロトコル手法(Ericsson & Simon, 1993)によって情報処理過程を推定することが一般的でした。しかし、いくつかの判断課題において、人は実際とは異なることに判断理由を誤帰属させるという現象が報告されており(Nisbett & Wilson, 1977; 詳しくは山田 (2019)を参照してください)、言語報告を無条件に信用するわけにはいかないことがわかってきました。

上述したヒューリスティックの使用以外の人の知の特徴として、同じ刺激を与えられた場合でも人によって反応が異なり得るという「個人差」や、刺激が与えられる環境(状況)によって同じ個人でも反応が異なり得るという「状況依存性」が挙げられます。以前はこれらの問題をこみにして情報処理過程を推定する術がなかったのですが、一般化線形混合モデル(generalized linear mixed model)やマルコフ連鎖モンテカルロシミュレーション(Markov chain Monte Carlo; MCMC)をはじめとする近年の数理統計手法の飛躍的進歩により、個人差や状況依存性があることを前提にして人の情報処理過程を推定することがある程度可能になってきました。また、人は各種の環境(状況)に対してランダムに反応しているわけではなく、環境(状況)に適応した形でそれなりに一貫性のある反応を返していることがわかってきたため(Goldstein & Gigerenzer, 2002)、人の知の状況依存性に関しても、統計的なデータから解析できるようになってきました(例えば、Honda, Matsuka, & Ueda (2017)やShirasuna, Honda, Matsuka, & Ueda (2020)を参照してください)。

このように、外から観察可能な刺激と反応の関係から生体内部で生じている情報処理過程を推定する方法は近年飛躍的に進歩してきており、それにより研究のスコープも広がってきていますが、あくまでも推定を行っているに過ぎないので、慎重な議論が必要です。さらに、一つの推定方法に拘るのではなく、必要に応じてfMRIなどを用いた脳イメージングや生理計測、計算機シミュレーションなども併用して、推定の確度を上げる努力が必要です。その一方で、このような時代にあっても、特に研究開始時には、研究者自身の対象に対する観察や、タスク遂行者の言語報告をもとに考え、研究のヒントを得ることが重要なことは申し上げるまでもありません。そのため、認知科学という分野は学際的にならざるを得ない運命を背負っていると言えましょう。

参考文献
Ericsson, K., & Simon, H. (1993). Protocol Analysis: Verbal Reports as Data (2nd ed.). Boston: MIT Press.
Goldstein, D. G. & Gigerenzer, G. (2002). Models of ecological rationality: The recognition heuristic. Psychological Review, 109(1), 75–90.
Honda, H., Matsuka, T., & Ueda, K. (2017). Memory-based simple heuristics as attribute substitution: Competitive tests of binary choice inference models. Cognitive Science, 41(S5), 1093-1118.
D. Kahneman (2012). Thinking, Fast and Slow. London: Penguin Books. (村井 章子(訳). 『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』.東京:早川書房)
Nisbett, R. E. & Wilson, T. D. (1977). Telling more than we can know: verbal reports on mental processes. Psychological Review, 84(3), 231–259.
Shirasuna, M., Honda, H., Matsuka, T., & Ueda, K. (2020). Familiarity-matching: An ecologically rational heuristic for the relationships-comparison task. Cognitive Science, 44(2):e12806, 1-36.
内村 直之・植田 一博・今井 むつみ・川合 伸幸・嶋田 総太郎・橋田 浩一 (2016).『はじめての認知科学』.東京:新曜社.
山田 歩 (2019).『選択と誘導の認知科学』.東京:新曜社.