川合 伸幸
このたび、2023年〜2024年の2年間、本学会の会長を仰せつかりました。まことに微力ではありますが、学会発展のために尽力したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
学会の主たる使命は、学術誌の発行と大会の開催だといわれます。社会への発信や後進の育成、他学会との連携・交流など、ほかにも大事な事業や役割もありますが、学術誌の発行と大会の開催は学会を発展・推進させるための両輪といえます。本学会が発行する「認知科学」に目を向けると、すでにJ-Stageにおいて会員でない方も読めるようになっており、服部前編集委員長のもとでオンライン投稿システムに移行し、紙媒体での発行を原則廃止にしてからのデジタル化への以降がほぼ完了しました。
もう一方の車輪である大会も、はからずもデジタル化が進みました。コロナウィルス感染症の蔓延によって密集することが制限され、対面での大会開催は自粛せざるをえませんでした。急遽オンラインでの開催になった2020年と2022年の大会は、本当に準備は大変だったと思います。困難な状況での大会開催に、あらためてお礼申し上げます。オンラインでの大会開催を予定されていた2021年の大会は、実際にポスターを聞いているような感覚で発表を聞くことができました。それでも、やはり全体的に隔靴掻痒の感もありました。
大会がオンラインだと、出張の時間や費用が節約できる、介護や子育てあるいは重要な会議があるので出張しての参加は無理だが発表の時間は確保できたなど、いくつもメリットがあります。参加者(会員・非会員)はどのように感じでいるのでしょうか。直接聞いたわけではありませんが参加者数を調べると2020年大会は476名(発表件数184件)、2021年大会は452名、2022年大会は394名でした。2022年は、やや減少しているように見えます。ちなみに、対面で開催した2019年大会は457名の参加(発表件数182件)だったので、2020年や2021年とほぼ同じ数の参加があったといえます。
参加者は何のために大会に参加するのでしょうか。最新の研究成果を発表すること、また関連する研究の情報を収集することがおもな目的だと思います。ただ、わたしは毎日サル実験のデータを取得して研究を進めていますが、(どの学会であれ)学会発表しないで、そのまま論文として投稿するので、学会発表に大会参加の意義を見いだせません。ある程度のキャリアになればご自身で実験・研究されない方も少なくないので、そういう方は指導学生の発表を見守るためや、おもしろい研究を聞きために来られるのかもしれません。しかし、じつは雑談も大きな目的ではないでしょうか。
雑談というと、ただの無駄話のように聞こえるかもしれませんが、「あちらのポスターで発表している誰それの研究はおもしろいよ」とか、「今度の冬のシンポジウムで企画出してくれませんか」とか、そういった研究に関連した情報の交換のことです。この雑談を少し肩肘張った表現をすると、「社交」と言うことができるかもしれません。京都大学前総長・日本学術会議前会長の山極壽一さんは、オンラインの学会では「会話」はできるが「社交」はできないと述べています。その記事では、山崎正和さんの『社交する人間 ―ホモ・ソシアビリス』を引用しつつ、互いの距離を調節しながら会話を交わすことや、ふだんから親しい人だけで固まらず新たな出会いを楽しみ、新たな社会関係を気づくことの重要性を説いています。
オンラインの学会は便利ですが、対面の大会ではできていたポスター発表を少し遠くから聞きながら隣にいる人とコソコソと目の前の研究の感想を言い合ったり、口頭発表やシンポジウムで講演しおえた人に廊下で話しかける、ということができません。「先ほどの発表はおもしろかったです。ところで、この点はどうなんですか」というようなことが聞けた、セッションとセッションの隙間のような時間と場が、セッションが終わった途端にブチッと切れてしまうオンラインの大会では存在しないのが残念です。
このような感想は、未だに携帯電話を持たないわたしのラッダイト(機械化反対)運動なのでしょうか。リクルートワークス研究所が4000人以上を対象に2021年10月に実施した調査によると、リモートワークによってコミュニケーションの総量が「変わらない」と回答したのは53.5%、「やや」も含めて「減少」と回答した人は37.6%でした。リモートワークによっても職場のコミュニケーションは変わらないと感じている人が多いのかもしれません。しかし、35.9%の人が「他部署とのコミュニケーション」が減少したと回答しています。また「集まり」の種類でみると「仕事とは関係ない雑談」「他部署や社外の人との新しい出会い」「たまたま出会ったり、予定していなかった人との情報交換」「職場で偶然聞こえてきた会話や、自然に受け取った情報をもとに仕事をする経験」はいずれも40%以上が減少したと回答しています。まさに、社交を成り立たせる集まりが減少しています。
認知科学に研究することでは、ヴァーチャルで協同するチームは、対面で物理的に協同しているチームに比べて創造的なアイデアが生まれにくいことがNature誌に報告されています(Brucks & Levav, 2022)。ビデオ会議では画面上のコミュニケーションに集中するため、認知の焦点が狭まることが原因だと解釈しています。対面でのやりとりではより多様性に富んだ議論が促進されるようです。
どの学会も、今年こそは対面での開催というわりに、オンライン大会だったので2023年も、どうなるかわかりませんが、サマースクールや冬のシンポジウムを含め多様な議論ができる社交の場に集まれることを、心から期待しています。