開催の趣旨
認知科学会のサマースクールは2011年から始まり,今年で第9回となりました。これまで,安西先生のレクチャーをはじめ,シニアの先生方の解説、若手研究者の発表とシニアの方々とのディスカッション,学生・若手・中堅・シニアの方々の忌憚のない交流,などが実現されてきました。シニアの先生方の長い経験に培われた深い事象の理解や考え方がこのような交流を通じて伝えられることは,若手の方々の研究のスタートに極めて有用であり,それを組織的に行うことをサマースクールは目指しています。研究者は往々にして先端的な知識を得ることこそが,より発展した研究につながると考えます。しかし実際には,先端的な知識もまた基礎的な知識の延長であり,基礎的な事象の深い理解がなければ先端に行きつくことはできません。また,他分野の研究者との深い議論は,私達の頭をゆさぶり,一人ではローカルミニマムにはまっていた思考を新しい領域に引き出してくれます。実際には,このような議論や交流が,先端を切り開く新しい発想につながるのだと思います。
異分野についての学習,特に深い理解は心的な負担が大きいのは事実です。本サマースクールの参加者には,そのような壁を乗り越え,多くの方々との深い議論を通じて,新しい研究分野を開拓してほしい。認知科学会はそのようなチャレンジを積極的に支援します.
日本認知科学会・会長
植田一博
サマースクール2019への期待
世界的に見て優れた研究の多くが、多様な背景(研究方法、研究分野、文化、国籍、その他)を持つ研究者同士が対話を重ね、刺激しあう場から生まれるようになってきたように思います。
行動実験、脳機能研究、ビッグデータ処理などの方法に通じた研究者の共同研究が増えていることはご存じの通り、被引用回数の多い論文が国際共同研究から生まれる割合も急速に高くなっています(文科省科学技術政策研究所調査)。最近では、複数の研究方法をマスターした一人の研究者が、世界に先駆けた成果を次々と挙げることも目につくようになりました。
しかし、とくに日本の国内では、いまだに若手研究者や院生の多くが、何年も同じような人たちと過ごし、限られた所属分野、お仕着せの研究方法、自分の周囲の先生や学会の狭い研究人脈といった、「多様性のない研究の場」に生きているように見えます。
世界の研究環境の変化と無縁のガラパゴス的生活をしていれば、ストレスもそれほど感じなくて済み、表面的には有意義な研究をしている気になれるのかもしれません。しかし、研究の方法や考え方の似た者同士からは、世界の第一線から見ると重箱の隅をつついた結果しか出てこない、世界はすでにそういう時代に入っているのです。
認知科学に関心を持つ若い研究者や院生には、内輪に籠った分野ごとの研究文化や各分野の伝統的な研究法に囚われず、新しい研究方法を開拓していってほしい。そして、多様な研究者と刺激しあって、ワクワクするような学術の世界を創り出してほしい。とくに、世界の第一線に飛び込んで力いっぱい頑張ってほしい。それが私の願いです。
サマースクールの創設に尽力された横澤一彦元会長は、自らの研究として視覚の「科学」を標榜しておられます。また、鈴木宏昭元会長は、本学会が「対話」の場であってほしいと言っておられます。9回目になるサマースクールが、世界の学術動向にも沿った、多様性に基づく開かれた研究へのステップになること、「科学」の方法論を開拓しつつ「対話」を通して新しい学術の世界を創り上げていくエネルギー源になることを、心から期待しています。
独立行政法人日本学術振興会
安西祐一郎
スケジュール
8月28日(水)
12:30 | 受付開始 |
13:00 | サマースクール開講挨拶 |
13:10 | セッション(1) |
| 講師:林勇吾(立命館大学) |
19:00 | 夕食・懇親会 |
20:00 | イブニングセッション |
| Tobiiジャパンによる視線計測装置のデモンストレーション |
8月29日(木)
9:00- | セッション(2) |
| 講師:安西祐一郎(日本学術振興会) |
| これからの認知科学研究(若手研究者が世界で活躍することを期待して) |
| 以下の10項目について、これまで40年余りの研究人生で認知科学、認知心理学、人工知能などの分野の大御所たちとのエピソード、裏話なども含めてお話しし、議論の種にしたいと思います。参加する若い研究者にはぜひ世界を舞台に活躍してほしいと願っています。 |
| 1.研究への願望、研究の目標、研究課題の違い |
| :一流の研究者は研究分野を目標にするのではなく自分の願望を目標に具体化する |
| 2.深くて具体的な目標は研究の粘り強さを産む |
| 3.研究に最も重要なのは観察力、次に重要なのは超複雑に見える現象の的確な縮約力 |
| 4.方法論の革新が時代を画する研究を産み出す: 科学研究と再現性について |
| 5.「研究課題」は研究目標・観察力・縮約力・方法論・情報収集の交差点で発見される |
| 6.環境が研究者を創り、研究者が環境を創る |
| 7.業績とは何か、人脈とは何か、ポジションとは何か、研究分野とは何か |
| 8.今の人工知能技術に欠けているもの:人工知能の革新は認知研究なしにはあり得ない |
| 9.Anzai. Y. (1984). Cognitive control of real-time event-driven systems. Cognitive Science. 8. 221-254 の論文を巡って |
| :ジャーナル論文と国際会議発表論文の違いについて |
| 10.Anzai. Y. (in press). Learning and Interaction: From Cognitive Theories to Epistemology -A Goal-Directed Agent is an Epistemic Agent の著作を巡って |
| : 研究者は何によって記憶されるか |
12:00- | 昼食休憩 |
13:30- | 若手研究者プレゼンテーション(1) |
| 林正道 (国立研究開発法人情報通信研究機構 脳情報通信融合研究センター) |
| 「こころの時間を科学する:時間感覚を生み出す脳のメカニズム」 |
| 我々は日常生活の中で、時間を意識的あるいは無意識的に認識し、未来の知覚や認知、行動の最適化に役立てている。しかしながら、我々の時間感覚は時計やストップウォッチのように正確ではなく、刺激の特徴や、注意・感情・文脈といったさまざまな要因によって影響を受ける極めて主観的な感覚である。この「主観的時間」は、そのとらえどころのなさから、これまで心理学・神経科学の研究対象として扱うことが難しかった。本発表ではまず、運動制御や音声言語の理解、リズムの知覚や生成に重要とされる数百ミリ秒レンジの時間に焦点をあて、時間知覚の脳内メカニズムに関する理論的背景を紹介する。そして次に、心理物理実験や脳機能イメージングを用いた主観的時間知覚の神経機構に関する最新の知見を、発表者自身の研究成果を交えて紹介する。最後に、我々が将来的に主観的時間を自由に制御することができるかといった問題についても議論したい。 |
| 若手研究者プレゼンテーション(2) |
| 柳岡開地(日本学術振興会(東京大学) ) |
| 「幼児期におけるルーティンの獲得ー実行機能の役割に着目してー」 |
| 着替えのように、何度も経験することで学習される目標志向的な行為系列をルーティンと呼ぶ。日常生活では大人だけでなく子どもたちも行為系列を何度も繰り返すなかでルーティンを獲得し、次の行動を選択するプロセスを自動化してゆく。また、様々な変化や妨害により引き起こされるルーティンから逸脱した状況では、子どもたちも到達すべき目標に従って手順を変えるなど、意識的に行動を制御する必要がある。本発表では、シミレーション研究、成人研究、発表者が実施してきた発達研究から得られた知見をもとに、自動的な処理システムであるルーティンと意識的な処理システムである実行機能がどのように関連しあうのかを議論したい。 |
18:00- | セッション(3) |
| 「CogSci投稿論文をCognitive Science誌投稿論文へブラッシュアップする(仮題)」 |
| 講師:植田一博(東京大学)、白砂大(東京大学) |
| 日本の認知科学研究者が英語で論文を書く際の登竜門の一つが、国際会議CogSci(The Cognitive Science Society が開催する annual conference。この分野でもっともインパクトのある国際会議である)に投稿することであろう。このことは 30 年前も今も変わっておらず、毎年一定数の若手研究者がCogSciで発表を行っている。海外の研究者においては、CogSci掲載論文をさらにブラッシュアップして Cognitive Science 誌等の英文一流誌に投稿することが一般的に行われている。しかしながら、日本人研究者においては、認知科学誌に投稿するケースは見受けられるものの、Cognitive Science 誌に投稿するケースは少ないように思われる。日本の認知科学分野の国際競争力強化という観点からは、Cognitive Science 誌等の英文一流誌に投稿してもらうことが望まれている。そのような大局的な見地から、CogSci 掲載論文をさらにブラッシュアップして Cognitive Science 誌に投稿するには何が必要かを、事例に即して説明すると同時に、ワークショップ形式で参加者にもそのためのアイデアを考えてもらうというのが、本企画の趣旨である。 |
| 参考論文 |
| 参加者は、事前に本論文に目を通し、Cognitive Science 誌に投稿するにあたってどう改訂するのが良さそうかを考えてくることが求められる。 |
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8月30日(金)
9:00- | セッション(4)「Cognitive Science誌に論文を掲載するために必要なこと(仮題)」 |
| 講師:横澤一彦(東京大学)、上田 祥行(京都大学) |
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Cognitive Science誌に論文を掲載できるような実力を院生や若手研究者に養ってもらうために、これまでに研究成果をCognitive Science誌に掲載させた経験者が、その経験談を語るとともに、特に審査プロセスの対応の仕方について、実習形式で参加者に取り組んでもらう。具体的には、以下の2論文を題材とする。いずれも、最近Cognitive Science誌に掲載された国際共同研究の成果である。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/cogs.12291
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/cogs.12490