世界的にインパクトのある研究テーマをつかむには? 講師:安西祐一郎
概要: 以下の5講義を休憩含めて行います(各講義につき30分+質疑15分+休憩10分程度)
第1講:好きこそモノの上手なれ-40年前に刊行した『問題解決の心理学』(中公新書, 1985)が意味する3つのこと
- 誰にでもあてはまる人間本来の性質に関する内容
- 心の研究史における学問的位置づけ
- 科学的根拠がもたらす息の長さ
第2講:「好きこそモノの上手なれ」を実践してもトッププロにはなれない-世界トップレベルのAI/認知科学研究者に共通する特徴とは?(カーネギーメロン大学、MIT、スタンフォード大学、エジンバラ大学の経験から)
- 基礎理論の独創性
- 人間と社会の観察力
- 世界トップレベルの研究環境とそこに直接流れるホットな情報
- お互いの競争と信頼
第3講:学習のAI/認知科学的研究(Anzai and Simon, Psychological Review, 1979)から中央教育審議会「大学入試改革」(2012~19年)の議論へ
- 学習研究における概念定義の困難さとその克服
- 学習研究の学術的意義と社会的意義
- スキル概念の復興
- 「読む」「聞く」と「書く」「話す」の違い
- 記述式問題と英語4技能
- 入試改革の挫折を超えて
第4講:問題解決のAI/認知科学的研究(Anzai, in Ericsson and Smith (eds.), Toward a General Theory of Expertise: Prospects and Limits,1991)からAIプロジェクト「東ロボくん」(2011~16年)の議論へ
- 試験問題を解くAIは(今のところ)何ができないか
- 知識表現の問題を現代のAI研究はどう捉えるか
- 問題表現の生成に関する認知科学的研究とは
- 長文読解における「読解力」の定義とは
- 現行学習指導要領の理念「主体的・対話的で深い学び」
- 「社会に開かれた教育課程」の意味すること
第5講:知識のAI/認知科学的研究(Anzai, Learning and Interaction: From Cognitive Theories to Epistemology, 2021)から「世界を覆うニセ情報」(2016年~)の議論へ
- AI/認知科学における知識概念と認識論哲学における知識概念の違い
- トランプ大統領の誕生
- AI技術の急速な発展とニセ情報の流布
- 「認知戦(cognitive warfare)」の時代
- 揺らぐ「真理」概念(The Future of Truth?)
- 知識を共有するとはどういうことか
- 知識を共有しているとお互いに思っている人々は実は何を共有しているのか
開催の趣旨
日本認知科学会・会長
川合伸幸
これまでとは開催地が変わりましたが、通算11回目となるサマースクールを今年も開催します。
初期の頃のサマースクールは、合宿ならではの和気藹々とした雰囲気のなかで、そのときどきで活躍されている方の研究を、ただなんとなく聞いて楽しく過ごしていただけのように見えました。しかし、なんとなく楽しかったからそれでよい、というのでは、「スクール」と冠されるイベントに相応しくないと考えています。学びの目標があり、実際に個人やグループでディスカッションを通じて考えを深め、見識を広める必要があります。
というのも、少なくとも日本の認知科学は、哲学のような論理の基礎や、心理学のような実験手法の巧みさ、神経科学のような厳密さ、工学のような応用への拡がりがありません。認知科学の黎明期には、それぞれの領域で培われた経験や技法を持ち寄って、高いレベルで認知科学ならではのユニークな研究をされていました。しかし認知科学がある程度の歴史と拡がりを有するようになったこともあり、認知科学領域の研究しか学んでいない人がいます。それらの人は、認知科学以外の領域で必要とされる方法論や技法、その背景にある論理・知識を持たないまま研究を進めることになります。そのような状況では、認知科学以外の研究者と対等に議論・共同研究をすることはできませんし、結果的に研究室で長年行われている研究テーマを少しだけパラメーターを変えただけの縮小再生産の研究や、ごく一部の人しか関心を持たれない狭い領域の研究焦点を当てた小粒の研究、縦の物を横にするような、何の目新しさも斬新さもない研究を、(あえていえば無駄に)積み重ねることになります。
研究は、自身の関心の赴くまま進めればよいのですが、いっぽうで優れた研究には、学術的・社会的な意義があります。どのようなものが「意義のある研究か」ということは、昨年のサマースクールでお話ししました。今年の2日目の午前には、もう少し狭い範囲に絞って、日本国内ではどのような研究が重要だと(一定の意義があると)考えられているか、どのような資料を見れば何が重要だと考えられているがわかるかを説明し、それらのいくつかを自身の関心に結びつけて考えるという演習を行います。
認知科学では、目に見えない構成概念、たとえば公平、道徳、共感、怒り、洞察、インタラクションなどを研究の対象にします。しかし、それらの概念をよく定義しないまま研究している方が少なからずいます。認知科学や心理学では、同じ概念でも日常で使用されるときと、研究の対象として用いられるときでは一致しないことがあります。また、若い研究者が自身で定義しないまま、日常と研究で使われる概念の狭間を行ったり来たりしているのを見掛けることがあります。それらの概念はどう違うか、また概念は人間が作り出してきたという経緯を振り返りながら、概念の定義とはどのようなものであるのかを理解してもらいたいと思います。(予定では)演習を交えて、自身の関心のある概念をうまく定義できるかどうかを確認してもらいたいと思います。
2日目の午後は、若手支援室による企画です。CogSciでとりあげられているというテーマについて考えてください。
応募の開始が間際になりましたが、多くの方の気づきや学び直しの機会になることを期待しています。
サマースクール2024への期待
安西祐一郎
世界的に見て優れた研究の多くが、多様な背景(研究方法、研究分野、文化、国籍、その他)を持つ研究者同士が対話を重ね、刺激しあう場から生まれるようになっています。
行動実験、脳機能研究、ビッグデータ処理などの方法に通じた研究者の共同研究が増えていることはご存じの通り、被引用回数の多い論文が国際共同研究から生まれる割合も急速に高くなっています(文科省科学技術政策研究所調査)。最近では、複数の研究方法をマスターした一人の研究者が、世界に先駆けた成果を次々と挙げることも目につくようになりました。
しかし、とくに日本の国内では、いまだに若手研究者や院生の多くが、何年も同じような人たちと狭い研究室やゼミや同一の学会の中で過ごし、限られた所属分野、お仕着せの研究方法、自分の周囲の先生や学会に限られた狭い人脈といった、「似たような人たちとだけつきあう多様性のない研究の場」に生きているように見えます。
世界の研究環境の変化と無縁のガラパゴス的生活をしていれば、居心地もよく、ストレスもそれほど感じなくて済み、表面的には有意義な研究をしている気になれます。しかし、研究の方法や考え方の似た者同士からは、世界の第一線から見ると重箱の隅をつついた結果しか出てこない、世界はすでにそういう時代に入っています。
認知科学に関心を持つ若い研究者や院生には、内輪にこもった分野ごとの研究文化や各分野の伝統的な研究法に囚われず、新しい研究方法を開拓していってほしい。そして、多様な研究者と刺激しあって、ワクワクするような学術の世界を創り出してほしい。とくに、世界の本当のフロンティアに飛び込んで力いっぱい頑張ってほしい。それが私の願いです。
このサマースクールも10回を越え、今回で11回目になりますが、サマースクールを創設し、運営し、支えてきた歴代会長はじめ多くの方々に改めて感謝するとともに、世界トップレベルの常道である多様で開かれた研究の在り方を学ぶこと、これも世界トップレベルの常識である基礎研究と社会の場の結びつけを図ること、そして、ガラパゴス的研究生活を打破する新しい学術の世界を創り上げていくエネルギー源になることを、心から期待しています。