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日本認知科学会

入会のご案内

植田一博

2025年フェロー.
東京大学大学院 総合文化研究科 教授

1.はじめに
2025年日本認知科学会フェローに,植田一博先生が就任されました.植田先生は, 1963年生まれ, 1988年に東京大学教養学部を卒業後,東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻に進学し, 1993年に博士(学術)を取得.その後,同研究科助手,助教授を経て, 2010年より教授に就任され,現在も同ポジションでご活躍中です( 2000年以降,大学院情報学環の研究教育にも関わっていらっしゃいます).日本認知科学会においては, 2004年, 2007年, 2012年に論文賞, 2011年, 2015年, 2017年に奨励論文賞を受賞,また 2017.2018年には副会長, 2019.2020年には会長を歴任されております.このように,日本の認知科学における第一人者である植田先生ですが,実際に先生がこれまで携わってきた研究分野は「認知科学」の枠に収まらず,認知脳科学,行動経済学,意思決定科学,人工知能,ヒューマン・エージェント・インタラクションなど非常に多岐にわたっているのが大きな特徴です.そのような特徴が結実したのが, 2014.2021年の新学術領域研究(研究課題提案型)「認知的インタラクションデザイン学」と言えるでしょう.このプロジェクトに参画した認知科学,人工知能,心理学,脳神経科学,比較認知科学などの様々なバックグラウンドを持つ研究者を領域統括としてバランスよく統率することができたのは,幅広いく深い知識と広い視点を持ち,人を惹きつけてやまない人柄を持つ植田先生だからこそだったのではと思います.私自身, 2000年 4月から 2003年 3月まで博士後期課程の学生として植田研究室に所属していましたが,研究指導における幅広く豊富な知識と見識に尊敬を抱き,その一方で宴席などでの先生のおちゃめな人柄に魅了された一人でもあります.先日お会いした際に伺ったのですが,この 4月からまた新たに自閉症児の認知プロセスに関する研究プロジェクトが立ち上がるとのこと.今後も,植田先生の携わる研究分野が,ますます拡がっていくことに期待しております.
フェロー紹介というこの機会に,植田先生のこれまでの業績について説明したいのですが,網羅されている研究領域があまりにも広いため,それぞれの分野にて植田先生との繋がりが深い方に,順次,筆をリレーしていこうと思います.植田先生,この度は誠におめでとうございます.不肖の弟子ですが,一生ついていきます!!
(小松孝徳 記)

2.協同問題解決
私が植田先生と初めてお会いしたのは,今を遡ること 25年ほど前のことです.所属研究室の先輩の岩男卓実さんに誘われて,関東周辺の,類推を中心とした高次認知の研究者の集まりである CATKATに参加した際に,「協同のことをやりたいなら」と植田先生をご紹介いただいたことがきっかけでした.当時,植田先生は,植田・丹羽 (1996)など,企業の R&D部門における協同についての先駆的な研究を発表されていましたが,私がお会いした頃は,『協同の知を探る:創造的コラボレーションの認知科学』 (植田・岡田 , 2000)を編集されていた頃だったのではないかと思います.その後は「押しかけ院生」として,植田研究室の定例のゼミにもお邪魔することになり,協同の共同研究を進めるという形で,長きにわたり,ご指導いただきました.
植田先生との共同研究は,植田研究室を修了した大学院生の方の研究を引き継いだり,卒業研究にメンターとして関わるといった形で進めていきました.「協同の研究」と言うと,「個人の場合と比較して協同はいいのか?悪いのか?」という点に焦点があてられることが多いかと思います.しかし,我々の研究では,「協同がいい結果をもたらすとしたらそれはなぜか?」を扱い,さらには,協同の中の意外な側面が問題解決を促進することを示したことが大きな特色と言えるかと思います.例えば,清河・植田 (2007)では,具体的なアイデアの提案ではなく,アイデアに対するアイデアの提案,すなわちメタなサジェスチョンが,受け手の発想の転換を促しうることを示しました.また,清河他 (2004)や清河他 (2007)では,自分自身のアイデアや取り組みと他者のそれでは評価の仕方が異なり,他者のアイデアや取り組みを観察することが解決を促進すること,また,小寺他 (2011)では,その促進効果の一部は「他者の取り組みである」という構えをもつだけでも生じることを発見しました.
これらの研究の遂行にあたって,植田先生は,有形無形のサポートを,あたりまえのように,迅速かつ潤沢に提供下さったことに加えて,非常に多忙な中,頻繁にミーティングを開いて下さいました.その中で,個別の研究についてだけでなく,研究との向き合い方についも,まさにオン・ザ・ジョブ・トレーニングで教えて下さったように思います.植田先生の指導スタイルは,学生の興味・関心から出発し,具体的なアイデア・知識を提供するだけでなく,それを適切に方向づけたり,十分な環境を提供することで学生自身が伸び伸びと研究できる状況を作り出すというものでした.正式に研究室に所属している学生さんだけでもかなりの数であったにもかかわらず,ただの「押しかけ院生」であった私に対しても,手厚い指導をしていただいたことには,感謝してもし切れません.
「自分が PIの立場になったらこうしたい」という理想像は,植田先生から受けたご指導によって形作られています.あらゆる面において力及ばず,全く実現できていないため,傍目にはそう見えないかもしれませんが,少しでも近づけるよう努力していきたいと襟を正しているところです.植田先生,この度はフェロー就任おめでとうございます.今後ともご指導のほど,どうぞよろしくお願いします.
(清河幸子 記)

3.認知的インタラクションデザイン学
私が植田先生のご指導を賜るようになったのは学部生の頃,先生の研究室の門を叩いた時からでした.以来,博士号の取得,そして幸運にも京都大学の西田豊明先生の研究室に助教として着任させていただいた後も,植田先生には継続して研究をご一緒させていただく機会に恵まれました.先生の深い洞察力と温かいご指導は,私の研究者としての礎を築いてくださいました.
私が研究者としてどうにか活動が形になり始めたころ,新学術領域研究「認知的インタラクションデザイン学:意思疎通のモデル論的理解と人工物設計への応用」のプロジェクトにお誘いいただき,発足当初より参加させていただきました.このプロジェクトは,人と人とのインタラクション研究を基盤とし,そこから人と動物のインタラクション,さらには人と人工物のインタラクションへと研究対象を拡張し,これらに共通する認知プロセスを解明するとともに,人と持続的に適応可能な人工物のデザイン原理を明らかにすることを目標として掲げていました.この学際的で野心的な目標は,当時の私にとって非常に刺激的であり,認知科学の新たな可能性を強く感じさせるものでした.プロジェクトの解説論文 (植田 , 2016)で示されたように,多様な知見を統合し,新たな学理を構築しようとする試みは,まさに植田先生の広い視野で研究を捉えることで実現されていったと思います.
このプロジェクトでは,実際の旅行代理店の販売員の方に参加していただいた研究 (本田他 , 2018)など,多くの刺激的な研究に触れる機会をいただきました.プロジェクトの報告として参加された研究者の方々の発表を見るだけでも多様な視点を得ることができ,人と動物のインタラクションに注目した研究 (例えば, Wang et al., 2017)などは,このプロジェクトに参加しなければ触れることもなかったのではないかと思います.特に重要な,人と人工物が互いに影響を与え合いながら変化していく中での「今性」という概念や,他者の行動を理解・予測するための認知モデル(他者モデル)の解明といったテーマは,全体を通じた大きな枠組みとして示されていました.認知プロセスの多面的な理解を目指すアプローチは,参加研究者それぞれの専門性を活かしつつ,一つの大きな目標へと収斂させていく原動力となりました.
僭越ながら,私自身が静岡大学で主宰する研究室に「Cognitive Interaction Design Lab.」という名称を冠させていただいているのも,このプロジェクトで受けた多大な影響と,植田先生が示された学問的ビジョンへの深い共感の表れです.先生は,常に実践と理論の往還を重視されておられているると感じます.基礎となる認知科学の理論的背景に対する深い理解と,それに基づいた日頃からの幅広い分野へのご興味や尽きない知的好奇心こそが,学問領域を横断するダイナミックな研究展開を可能にしているのだと考えております.
植田先生の示される研究の方向性は,常に我々を新たな領域へと誘い,知的好奇心を刺激してやみません.改めまして,植田一博先生の日本認知科学会フェローご選出を心よりお祝い申し上げますとともに,先生のますますのご健勝と,認知科学分野における今後一層のご活躍を心より祈念申し上げます.そして,これからも引き続きご指導ご鞭撻を賜りますよう,何卒よろしくお願い申し上げます.
(大本義正 記)

4.意思決定
私は,2014年4月から 2018年3月までの 4年間,ポスドク研究員として植田研究室に所属しておりました.本来,このたびの寄稿には,よりふさわしい方が他にも多くいらっしゃるのではないかと思います.それにもかかわらず,今回私が指名を受けたのは, 2014年の所属開始以来,特に植田研究室を離れた後も植田先生との共同研究を継続しており,なかでも同研究室で進められている意思決定研究に深く関わらせていただいていることが大きな理由かと考えております.このたびは,植田先生と共同で意思決定研究に取り組むなかで私が感じてきた,指導者としての植田先生について,ささやかながら寄稿させていただきたく思います.
植田研究室における意思決定研究の成果は,ヒューリスティック研究 (Honda et al., 2017; Shirasuna et al., 2020),ナッジ研究 (Onuki et al., 2020),集合知研究 (Fujisaki et al., 2018)など,実に多岐にわたります.これは,植田先生が幅広い知識と視点を有しておられること,そして,多くの成果が生み出されている背景には,有形・無形を問わず研究活動を支えるという植田先生の指導者としての姿勢が色濃く反映されていることを示しているといえます.
また,植田先生は,研究テーマを広い視野から捉え,対象となる課題を柔軟に設定しつつも,常に理論的な厳密さを失わない姿勢を貫かれています.特に若手研究者に対しては,それぞれの個性や興味関心を尊重しながら,適切な方向づけと支援を惜しまない点が印象的です.私自身も,植田先生から研究に関して多くの指導を受け,また自由に研究を進める機会を与えていただいたのと同時に,必要な局面では的確なご助言をいただき,研究者として大きく成長することができました.
このように,研究者としての卓越した実績のみならず,人材育成にも心を砕き,多くの若手研究者を導かれてきた植田先生は,まさに「名伯楽」という言葉に集約される存在といえるのではないでしょうか.今後も日本の認知科学研究の発展にご尽力いただけること,心より期待しております.
(本田秀仁 記)

5.日常生活での植田先生
私は大学院生時代を植田研究室で過ごし,その後,同学部で助教としても勤務いたしました.今回は,そうした中で得た経験をもとに,大学教員・指導者としての植田先生について書かせていただきます.
植田先生のご指導について,私自身の経験から特に印象深く思い出されるのは,修士論文にまつわるやり取りです.
当時,私はアニマシー知覚に関する心理実験を修論のテーマとして進めていましたが,並行して修論とはまったく関係のない錯視の研究にも夢中になっており,プレッシャーからの逃避と私の持ち前の怠け癖もあって,どうしても錯視研究に時間を割きがちでした.そんな中秋になり,そろそろ修論の方向性も固まってきたかなというころ,植田先生との雑談のなかで,ふと「ロボットっておもしろいよね」と言われました.私は特に深く考えず,「そうですね」と相槌を打ったのですが,数日後に先生から届いたのは,「ロボット買ったから,それで修論やろう」という連絡でした.こうして急ピッチでロボット実験を始めることになりました.とはいえ,最初から無理のあるスケジュールなうえ,私の怠け癖も健在で,研究はなかなか進まず,気づけば年末になり,修論の題目提出が目前に迫っていました.さすがにこれはもう無理かもしれないと弱気になった私は,「本当にロボットの研究を題目に入れて大丈夫でしょうか……」と,先生のところに相談に行きました.すると先生は,「うん,ちょっと見せて」と題目の文を受け取り,とても丁寧に「てにをは」だけを直してくださいました.そしてその後,なぜか話題は錯視の研究に移り,しばらく盛り上がりました.ロボットどうしよう?修論は?という気持ちはなかったことになりました.修論提出までつらかったですが,のちに国際誌に掲載され,私の最初の論文になりました (Fukuda & Ueda, 2010).植田研究室に入ってから駒場を離れるまで,およそ 15年間,先生のそばで過ごしましたが,その間ずっと,このようなやり取りの連続でした.
植田先生は,学生の主体性を最大限尊重しつつ,ご自身が「おもしろい」と感じることには全力で取り組まれてきました.そのおかげで,私を含む多くの学生が,自らの興味と関心に従って,色々なテーマの研究を進めることができ,それぞれが個性的な成果を生み出すことができたのだと思います.
いま私自身が大学教員という立場になってふと気づくのは,学生時代には「放任」だと思っていた先生のご指導が,実はとても手厚く,それぞれの学生の性格や特性に寄り添った,繊細で柔軟なものだったということです.当時の私は,集中力に欠け,気移りしやすく,怠け癖の強い性質でしたが,先生はそんな私に合わせて,放任に見せかけながら,実はていねいに伴走してくださっていたのだと,今になって実感しています.認知科学という学際的な分野において,植田先生のご指導のあり方は,まさに理想的なものだと確信しています.現在も,私は先生にご心配やご迷惑をおかけしながら仕事を続けていますが,これから先も,先生から学ばせていただくことは山ほどあります.私に限らず,多くの後進に対し,研究成果という「見えるかたち」を超えて,これからも植田先生は大きな影響を与え続けられると信じています.植田先生は,今回のフェロー選出についても,「たいしたことじゃないよ」と,きっといつもの調子でおどけておっしゃられるのでしょうが,私は本当に,心からうれしく思っています.そして,これまでに先生のご指導を受けたすべての学生が,同じように感じているに違いないと信じています.植田先生,本当におめでとうございます.
(福田玄明 記)

6.おわりに
紙幅の制約上,筆のリレーにてご紹介できた研究内容や日常生活における植田先生のご様子は,先生が持たれる多面的なお人柄の一端にすぎません.それにもかかわらず,こうして広範な研究領域を第一線で網羅されているお姿をあらためて俯瞰することで,植田先生の卓越した知性と類まれなる視野の広さを再認識する機会となりました.末筆ながら,植田先生が日本認知科学会フェローに就任されましたこと,本稿の著者一同,心よりお祝い申し上げます.先生が永年にわたり築き上げてこられた認知科学分野におけるご業績の顕著さ,そして後進の育成にかけてこられたご尽力が,このような形で高く評価されたことを,たいへん喜ばしく,また誇らしく存じます.今後の植田先生のますますのご活躍をお祈り申し上げますとともに,変わらぬご指導を賜りますよう,お願い申し上げます.
(著者一同)

文 献
Fujisaki, I., Honda, H., & Ueda, K. (2018). Diversity of inference strategies can enhance the ‘wisdom-of-crowds’ e.ect. Palgrave Communications, 4 (1), 107. https://doi.org/10.1057/s41599-018-0161-1
Fukuda, H., & Ueda, K. (2010). Interaction with a moving object a.ects one’s perception of its animacy. International Journal of Social Robotics, 2 (2), 187.193. https://doi.org/10.1007/s12369-010-0045-z
本田秀仁・松井哲也・大本義正・植田一博 (2018).旅行相談場面の販売員 .顧客間のインタラクション:販売員のスキルの違いに見る心的状態の推定と非言語行動の分析電子情報通信学会論文誌 D, 101 (2), 275.283. https://doi.org/10.14923/transinfj.2017HAP0005
Honda, H., Matsuka, T., & Ueda, K. (2017). Memory-based simple heuristics as attribute substitution: Competitive tests of binary choice inference models. Cognitive Science, 41 (S5), 1093.1118. https://doi.org/10.1111/cogs.12395
清河幸子・伊澤太郎・植田一博 (2007).洞察問題解決に試行と他者観察の交替が及ぼす影響の検討教育心理学研究 , 55 (2), 255.265. https://doi.org/10.5926/jjep1953.55.2_255
清河幸子・植田一博 (2007).人と人のコラボレーション山田誠二 (監修 )人とロボットの〈間〉をデザインする (pp. 242.258)東京電機大学出版局
清河幸子・植田一博・岡田猛 (2004).科学的推論プロセスにおける他者情報利用の効果認知科学 , 11 (3), 228.238. https://doi.org/10.11225/jcss.11.228
小寺礼香・清河幸子・足利純・植田一博 (2011).協同問題解決における観察の効果とその意味:観察対象の動作主体に対する認識が洞察問題解決に及ぼす影響認知科学 , 18 (1), 114.126. https://doi.org/10.11225/jcss.18.114
Onuki, Y., Honda, H., & Ueda, K. (2020). Self-initiated actions under di.erent choice architectures a.ect fram-ing and target evaluation even without verbal manip-ulation. Frontiers in Psychology, 11, 01449. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.01449
Shirasuna, M., Honda, H., Matsuka, T., & Ueda, K. (2020). Familiarity-matching: An ecologically rational heuristic for the relationships-comparison task. Cognitive Science, 44 (2), e12806. https://doi.org/10.1111/cogs.12806
植田一博 (2016).『認知的インタラクションデザイン学』の展望:時間的な要素を組み込んだインタラクション・モデルの構築を目指して認知科学 , 24 (2), 220.233. https://doi.org/10.11225/jcss.24.220
植田一博・丹羽清 (1996).研究・開発現場における協調活動の分析:「三人寄れば文珠の知恵」は本当か?認知科学 , 3 (4), 102.118. https://doi.org/10.11225/jcss.3.4_102
植田一博・岡田猛 (2000).協同の知を探る:創造的コラボレーションの認知科学共立出版
Wang, M., Nagasawa, M., Samejima, K., Kikusui, T.,&Ueda, K. (2017, June 12.16). The change of social competence and free interaction with human in rescue dogs [Paper presentation]. The 54th Annual Conference of the Ani-mal Behavior Society, Toronto, Canada.