1. はじめに
野心的なテーマをきちんと実証的に!
アイデアを形にするために時間をかけよう
新しいことを面白がってやってみよう
(2009 年度岡田猛研究室ゼミ資料より)
2024年度,認知科学会のフェローに岡田猛氏が就任されることとなった.これまで岡田氏は,日本認知科学会や米国Cognitive Science Society,近年ではISSCI(International Society for the Study of Creativity and Innovation)を主な活躍の場として,人間の創造性,特に科学的発見や芸術の創造過程の解明,さらに創造的教養人の育成に関する研究と実践を展開してきた.冒頭の言葉は,過去に岡田氏が準備したゼミ資料に記されていた,氏の研究に対するモットーである.「野心的なテーマ」を「時間をかけ」て「面白がって」取り組む姿勢は,30年以上にわたる岡田氏とその共同研究者が展開してきた研究に通底している.中でも,芸術創造に関する研究は,国内外を見渡しても類例を見出すのが難しいほど,ユニークかつ重要な知見を提示してきたと思われる.なぜ,そして如何にして,かくもユニークな研究に取り組むことが出来たのか? 本稿では,岡田氏の研究の全体像を3つの観点から紹介し,その謎の一端に迫ってみたい.
2. 科学的発見の研究
岡田氏が創造性に関する研究として最初に手がけたのは,共同による科学的発見過程である(Okada & Simon, 1997).留学先のカーネギーメロン大学には認知科学の第一線の研究者が集まっており,認知プロセスの本質に迫る研究が進められていた.岡田氏は留学当初からコラボレーションの研究を手がけたいと考えていたが,教授陣からは「それは複雑な過程で,研究手法がまだ熟していない」と難色を示された.しかし,指導教員のH.A.Simon教授を説得して難しいとみなされていた研究を形にする中で,研究者としての力を培うことが出来たという.
Okada & Simon(1997)では,実際の科学的発見を実験課題に用い,1人の場合よりも2人の方が発見のプロセスにおいて深いレベルの説明活動が活発に生じ,発見が促進されることを示した.帰国後の初任地となった名古屋大学では,質問紙やインタビューを用いて共同研究を成功に導く要因(頻繁で対等なコミュニケーション,目的や関心の共有など)を明らかにした(岡田, 1999).さらに,知識の発見プロセスだけでなく,科学的な妥当性が担保されるプロセスにも着目し,学問コミュニティの構成員がどのように学問的な基準,すなわち「妥当性境界」を構築するのかを,2000年に発覚した旧石器捏造事件とその後の考古学コミュニティの活動を対象に調査するなどした(e.g., 山内・岡田, 2003).
3. 芸術創造の研究と創造的教養人の育成
しかしある時点から,「科学的発見」から「芸術創造」にテーマを移し,芸術家を対象とした研究に取り組みはじめる.その最初のフィールドワークに筆者が同行したのが1998年,そこから足かけ7年でようやく最初の論文(Yokochi & Okada, 2005)が公刊された.こうして振り返ると恐ろしい時間のかかり様であるが,当初は問いから見つけ出す必要があり,その問いにどのようにアプローチすべきか不明で,ほとんど手探りの状態で芸術の創造性研究は進められた.
東京大学大学院教育学研究科に着任してからはさらに研究が展開し,岡田(2013)の芸術表現の二重過程モデル,このモデルの元となる現代アートの創作過程におけるずらし(process modification)に着目した研究(e.g., Okada & Yokochi, 2024; Okada et.al., 2009; 岡田他, 2007; 髙木他, 2013; Wang et al.,2022; Yokochi & Okada, 2021),ダンスやアート,落語,小説,演劇などの創造と熟達の関係を軸とした研究(e.g., 工藤他, 2015; 中野・岡田, 2015; 野村・岡田, 2014; 清水・岡田, 2015; Shimizu & Okada, 2018;Sun & Okada, 2022; 横地・岡田, 2007),「模倣と創造の関係」に端を発し「触発と創造」へと展開した研究(e.g., 石黒・岡田, 2017; Ishiguro & Okada, 2020;Matsumoto & Okada, 2021; Okada & Ishibashi, 2017)など,様々な芸術表現のジャンルを対象に,フィールドワークから心理学実験まで,質的研究から量的研究まで,生態学的妥当性を重視した芸術創造の基礎研究を積み重ねてきた.
さらに,芸術における創造活動の発展を担う「創造的教養人」の育成にも目を向け,実践的な活動も展開してきた.岡田・縣(2012)は,創造的な社会の実現には,「創造活動についての知識や経験を持ち,創造活動を楽しむ意欲を備えた創造的教養人がたくさん存在することが必要である(p. 61)」と指摘し,その育成を目指した試みを続けている.それらは,岡田氏と共同研究者らによる書籍にまとめられており(石黒他, 2023; Komatsu et al., 2022; 中小路他, 2016),触発をテーマにインフォーマルな学びの場であるミュージアムの役割の可能性を拡張したり,心理学の知見を生かしたアート・ワークショップの実践とその効果を報告したりしている.
科学や芸術の創造性の研究を手がけることについて岡田氏は,「いにしえより絵を描いたり真理を探求したりといった創造的な知的活動にたずさわってきたことは,創造性が人間にとって欠くことのできない能力として備わっていることを示している.その意味で,科学や芸術の営みを解明することは,人間を人間たらしめているきわめて高度な知性のメカニズムを明らかにすることにつながる」と述べている(岡田・横地, 2010, p.162).氏が携わってきた研究は「人間の創造性の全体像」を捉えようとしており,これまでの知見を総括的に論じる岡田氏自身による書籍が待望される.
4. 発想力と実行力
かつて岡田氏は,「小さな頭脳を駆使して,頭から湯気を出し,口から炎を吐きながら思考を進めておりますので,午前中に入室される方は防火服に身を包んでお入りください」との注意書きを研究室の扉に掲げていた.だが実際は,研究室に籠もって1人でコツコツ研究するのではなく,海外から研究者らを招集して国際シンポジウムを開催したり,面白い仕事をしているクリエーターらを招いて昼休みに小さな講演会を開いたりと,創造性に関する学術的な知見を広げ,深めるための機会を設け,大学の教育や研究の活性化にも貢献してきた.
中でも,芸術研究の活性化と創造的教養人の育成を高等教育機関として取り組むために奔走した,東京大学芸術創造連携研究機構(東大アートセンター)の立ち上げについて触れておきたい.岡田氏は,学内の7部局を説得して賛同者や連携教員を募り,芸術を軸とした学際的な研究・教育活動を推進するためのアートセンターを2019年に立ち上げた.また,多様なジャンルから一流の講師を集めて全学向けの芸術実技の授業開講を実現させ(現在約30コースを開講),総合大学の学生が「本物の芸術創作」を学ぶことができるシステムも構築した.研究にとどまらず,その知見に基づいて創造的教養人を育て創造的な社会を作り出していこうと実際に行動する姿は,簡単にはまねできないものである.しかし岡田氏の研究スタイルは,後進に受け継がれているに違いない.ゼミではよく,岡田氏の「ちょっとよく分からないんだけど」を皮切りに,発表者がドギマギしているうちに,岡田氏自身が次々と「何が分からないか」「何が見過ごされているか」「何が本質的な問題か」「この問いは何と繋がっているか」といったことを,院生らと話し合う状況が生まれていた.ゼミは長時間続くのが当然で,個別ミーティングも2時間はざらであり,論文の問題と目的を一緒に組み立て大幅に手直しをし,一緒にデータを睨みながら分析の観点を整理していった.こうした密度の濃い共同研究によって,後進が育てられてきた.今も岡田氏との共同研究を継続する者が多いのも,氏が研究の中核となる概念構築に大きな貢献をしているからであり,氏のアイデアや助言の貴重さをそれぞれの共同研究者が実感しているからであろう.
「野心的な仕事」は,時に他の専門家らの理解や協力を得ることが難しく,「失敗する」こともある.しかし,面白くて大事だと思うことに粘り強く取り組み,時間をかけて生み出してきた成果は,岡田氏がSimon氏の言葉を道しるべに実際にやってきた証でもあるだろう.
"Anything worth doing is worth doing badly."
(H. A. Simon)
「やってみる価値があること,それは失敗してみる価値のあることだ」
(岡田猛研究室websiteより)
文 献
※縣拓充・岡田猛(2013). 創造の主体者としての市民を育む. 認知科学, 20(1), 27-45. https://doi.org/10.11225/jcss.20.27
※石橋健太郎・岡田猛(2010). 他者作品の模写による描画創造の促進. 認知科学, 17(1), 196-223. https://doi.org/10.11225/jcss.17.196
石黒千晶・岡田猛(2017). 芸術学習と外界や他者による触発:美術専攻・非専攻学生の比較心理学研究, 88(5),442-451. https://doi.org/10.4992/jjpsy.88.16042
Ishiguro, C., & Okada, T. (2020). How does art viewing inspires creativity? The Journal of Creative Behavior,55(2), 489-500. https://doi.org/10.1002/jocb.469
石黒千晶・横地早和子・岡田猛(編著) (2023). 触発するアート・コミュニケーション:創造のための鑑賞ワークショップのデザイン. あいり出版
※清河幸子・植田一博・岡田猛(2004). 科学的推論プロセスにおける他者情報利用の効果. 認知科学, 11(3), 228-238. https://doi.org/10.11225/jcss.11.228
Komatsu, K., Takagi, H., Ishiguro, C., & Okada, T. (Eds.). (2022). Arts-based method in education research in Japan.(T. Chemi, & A. M. Mitra, Series Eds.) Arts, creativities, and learning environments in global perspectives (Vol. 7). Brill.
※工藤彰・岡田猛・ドミニクチェン(2015). リアルタイムの創作情報に基づいた作家の執筆スタイルと推敲過程の分析. 認知科学, 22(4), 573-590. https://doi.org/10.11225/jcss.22.573
Matsumoto, K., & Okada, T. (2021). Imagining how lines were drawn: The appreciation of calligraphy and the facilitative factor based on the viewer's rating and heart rate. Frontiers in HumanNeuroscience, 15:654610. https://doi.org/10.3389/fnhum.2021.654610
中小路久美代・新藤浩伸・山本恭裕・岡田猛(編著) (2016).触発するミュージアム:文化的公共空間の新たな可能性を求めて. あいり出版
中野優子・岡田猛(2015). コンテンポラリーダンスにおける振付創作過程の解明舞踊学, 2015(38), 43-55. https://doi.org/10.11235/buyougaku.2015.38_43
※野村亮太・岡田猛(2014). 話芸鑑賞時の自発的なまばたきの同期. 認知科学, 21(2), 226-244. https://doi.org/10.11225/jcss.21.226
岡田猛(1999). 科学における共同研究のプロセス:インタビュー, 質問紙調査, および, 心理学的実験による検討. 岡田猛・田村均・戸田山和久・三輪和久(編) 科学を考える:人工知能からカルチュラル・スタディーズまで14の視点(pp.2-25) 北大路書房
岡田猛(2013). 芸術表現の捉え方についての一考察:「芸術の認知科学」特集号の序に代えて. 認知科学, 20(1), 10-18. https://doi.org/10.11225/jcss.20.10
Okada, T. (2019, July 24-27). Inspiration and artistic creation [Keynote speech]. The 41th Annual Meeting of the Cognitive Science Society, Montreal, Canada.
岡田猛(2020). アートの発想学術の動向, 25(7), 16-21. https://doi.org/10.5363/tits.25.7_16
Okada, T. (2022, June 6-10). Inspiration, exploration, and imagination: Cognitive process for artistic creativity [Keynote speech]. 2nd Annual Meeting of the International Society for the Learning Sciences, Online.
岡田猛・縣拓充(2012). 芸術表現を促すということ:アート・ワークショップによる創造的教養人の育成の試みKeio SFC Journal, 12(2), 61-73. https://doi.org/10.14991/003.00120002-0061
岡田猛・縣拓充(2020). 芸術表現の創造と鑑賞, およびその学びの支援教育心理学年報, 59, 144-169. https://doi.org/10.5926/arepj.59.144
※岡田猛・Crowley, K. (1996). 特集「コラボレーション」編集にあたって. 認知科学, 3(4), 3-6. https://doi.org/10.11225/jcss.3.4_3
Okada, T., & Ishibashi, K. (2017). Imitation, inspiration, and creation: Cognitive process of creative drawing by copying others' artworks. Cognitive Science, 41(7), 1804-1837. https://doi.org/10.1111/cogs.12442
Okada, T., & Simon, H. A. (1997). Collaborative discovery in a scientific domain. Cognitive Science, 21(2), 109-146. https://doi.org/10.1016/S0364-0213(99)80020-2
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※岡田猛・横地早和子・難波久美子・石橋健太郎・植田一博(2007). 現代美術の創作における「ずらし」のプロセスと創作ビジョン. 認知科学, 14(3), 303-321. https://doi.org/10.11225/jcss.14.30
清水大地・岡田猛(2015). ブレイクダンスにおける技術学習プロセスの複雑性と創造性. 認知科学, 22(1), 203-211. https://doi.org/10.11225/jcss.22.203
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Yokochi, S., & Okada, T. (2021). The process of art-making and creative expertise: An analysis of artists' process modification. The Journal of Creative Behavior, 55(2), 532-545. https://doi.org/10.1002/jocb.472
※ 日本認知科学会学会賞
(横地 早和子 記)