スマートフォン表示をOFFにする

日本認知科学会

入会のご案内

岡田浩之

2023年フェロー.
玉川大学工学部情報通信工学科・教授

 岡田浩之氏は1986年に明治大学大学院農学研究科を修了し,(株)富士通研究所に入社して当時の通産省が主導したRWCP(RealWorld Computing Partnership)に参加しました.その間に東京農工大学大学院生物システム応用科学研究科に社会人博士学生として入学し2000年に博士(工学)の学位を取得しました.そして2002年より東海大学理学部情報数理学科に助教授として勤務し,2006年より玉川大学工学部教授となりました.玉川大学では脳科学研究所教授を兼担して,2022年よりは同大学脳科学研究所の先端知能・ロボット研究センターの主任教授を務めています.
 岡田氏は情報科学と認知科学の境界領域で幅広く活動してきました.(株)富士通研究所時代はロボットをベースとした人工知能の研究に従事し,東海大学と玉川大学ではロボット,特に自律知能ロボットの競技会であるロボカップにて当初は犬型ロボットAIBO使った四脚サッカーリーグ,次いで家庭サービス自律知能ロボットによる@ホーム競技に参加して世界大会で2回優勝するなど,その活動は大きく広がって現在まで続いています.
 その一方で,玉川大学では工学部所属ながら脳科学研究所との兼担で認知科学として赤ちゃん研究を行ない,今井むつみ氏・針生悦子氏と共同で言語獲得などの認知発達に関する多くの論文を発表してきました.結果,人工知能とロボットと赤ちゃんという一見すると不思議な,しかしよく考えると必然的な組み合わせの研究領域を開拓してきたのが岡田浩之氏です.このような岡田氏について,富士通研時代から現在まで共同研究者・同僚として共に活動してきた大森が以下,紹介いたします.

1. AIとロボットと赤ちゃん
 岡田氏の原点は,その経歴からもわかる通り,知能ロボットです.RWCPで移動ロボットの研究を行い,その過程で知的システムや機械学習の研究を行ってきました.当時は現在のような仮想環境技術はなく,ロボットのナビゲーション技術の開発に使う環境情報もまた自分たちで用意する必要がありました.そのためのセンサ情報を収集して研究用のデータベース構築などの活動を私どもと一緒に行ないました.
 この当時から岡田氏は大学への転職を考えており,当時私が勤めていた東京農工大学に社会人博士の学生として入学し,一緒に研究を行ないました.この時期から岡田氏の業績に脳科学への興味が表れた発表が見られますが,この当時は今の岡田氏を特徴付ける赤ちゃん研究はまだ始まっていませんでした.
 岡田氏の大きな転機となったのが,2002年の東海大学への転職でした.これを機に,岡田氏は現在につながる2つの研究活動を始めました.一つは発達研究であり,もう一つはロボカップの活動です.
 この当時,現在のニューラルネットによる人工知能(AI)研究の流れはまだ始まっていませんでした.一方で当時のAIはその発展の方向性に限界を感じられる場面もあり,AI研究者の一つのトレンドは人に学ぼうということでした.人に学ぶについて2つの方向があり,一つは知能実現のメカニズムとしての脳に学ぼうという考え方であり,もう一つはロボットの知能の段階的発展のモデルとしての子どもの発達に学ぼうというものでした.前者については東京農工大での博士学生の時期から神経科学の成果をもとに研究を進めてきましたが,後者については東海大に移ってから本格的に今井むつみ氏・針生悦子氏と共同研究をはじめました.今更紹介する必要もありませんが,今井氏を中心とする研究グループは語彙獲得を基盤として子どもの知的能力や社会性の発達に大きな業績を残してきています.
 岡田氏は今井グループに参加して,語彙獲得における推論の対称性についての研究を行っています.私たちはモノの名前を学んだとき,多くの場合に同時に名前からそのモノを特定するようになります.つまり,モノと名前の間に一対一の対応関係を自動的に仮定します.しかし論理的にはこれは当たり前ではありません.このようにモノと名前の間に一対一の関係を仮定してしまう傾向は対称性バイアスと呼ばれ,ヒトの子どもが言葉を学ぶ過程で見られる学習行動の偏り(認知バイアス)の一つです.対称性バイアスが子どもの語彙獲得に有効であること,さらには言語に限らず人の推論に有効な特性であることは研究者の間ではよく知られています.岡田氏は今井氏と共同でこの現象がヒトだけでなくチンパンジーにも見られること,しかしヒトの乳児により強く出ることを示し,対称性バイアスがヒト特異的なものであることを示しました.
 同様に子どもの発達として重要なものに社会性があります.社会性はヒトという動物が集団で暮らすようになった段階で不可欠となった能力で,互いに相手のことを考えて無理のない集団生活を営むための基礎的な認知能力です.岡田氏はその一つの姿としての幼児の公平性の獲得に注目し,配分行動の互恵性の発達に関する行動実験とモデルシミュレーションによる研究を行いました.そして,対人と対ロボットでの配分行動の違いの由来を検討し,対話の曖昧性に注目して不公平感を感じさせない対話戦略を検討しています.
 このように岡田氏の認知発達の研究は,「社会性」をキーワードに,コミュニケーションを含む人間関係などの人間社会における赤ちゃんの発達を行動とモデルを両輪として進めていくものでした.そしていずれは,「自然にできるようになる」赤ちゃんの研究を「自然にできなくなっていく」加齢・老化に関連付けて考えたいと述べています.
 岡田氏の研究を特徴づけるもう一つの活動は,ロボカップです.ロボカップとは当初は2050年までに人間と対等に戦えるロボットサッカーチームを作ることを目指したロボット研究の活動でしたが,現在では大きく幅が広がり,家庭サービスや産業用,さらには子どもを対象とした技術教育までを含む世界的な活動に発展しています.
 岡田氏は2002年に東海大学に移ってからこの活動に参加し,当初はAIBOによるサッカーを行うAIBOリーグの学生チームを率いていました.ご存知の通りAIBOは犬型のロボットですが,それを4台で1チームにして,それぞれの個体が自身の持つカメラやタッチセンサなど限られたセンサ信号を元に独立して判断し,ボールを相手のゴールの方向に運んで蹴りこむ動作を行います.学生達がそれぞれ1 台のAIBO を担当し,競技会では自分のプロクラムがうまく働くかどうかハラハラしながら見守ります.ただ,民生用に作られたAIBO はサッカーのような激しい行動をすると故障も多く,世界大会では持参した8 台のうち4台が壊れたこともありました.
 AIBOリーグの次に取り組んだのが,2007年から新設された家庭サービス用ロボットの競技@ホームリーグでした.電気通信大学の長井隆行氏(現大阪大学),ATRの岩橋直人氏(現岡山県立大学)や杉浦孔明氏(現慶應義塾大学)らと玉川大学で連合チームを作り,大会の前には10日間くらい泊まり込みで作業を行うような勢いでロボットを作りプログラムを書き,2008年の競技会に臨みました.結果,世界大会で2008年と2010年は優勝,2009年は準優勝という成績を残し,そのリーダーとしての岡田氏は広く知られるようになりました.@ホームリーグでの活動はそれ以降も現在まで続いており,岡田チームは日本での有力チームとして広く認識されています.
 ロボットの活動は赤ちゃん研究とは別物に見えますが,ロボットの知的情報処理の根底には赤ちゃんの知能発達の理解と通ずるものがあり,岡田氏の中では一つの研究活動と認識されています.それは,知的能力を支える認知アーキテクチャの解明です.岡田氏は現在は大阪大学にいる高橋英之君と共同で,行動主体の他者理解の現象としての擬人化について検討し,その背後に他者を理解するための内部過程としての意識的な処理と無意識的な処理の相互作用の存在を論じています.
 その問題意識はさらに発展し,記号創発ロボティクスの研究活動に繋がっています.言語とは記号の列であり,その組み合わせで世界を表現する力を持った媒体です.ではその言語の要素単位としての記号は如何にしてヒトの脳に生まれるのか,さらにその記号は脳内でどのように表現されて処理されることで思考を生み出しているのか?これは認知科学が生まれる前からの謎であり,現在でも解明されていない認知科学の基本問題です.それをロボットの知的情報処理の立場から解明しようというのが記号創発ロボティクスの研究活動です.
 現実世界のロボットは,視覚・聴覚・触覚・非接触センサなどマルチモーダルな感覚手段で自身の環境を観察し,環境を認識して行動を決定します.その際,感覚手段からの入力のほとんどは連続量です.一方で行動決定とは複数の行動の候補のどれを選択するかという離散的な意思決定の過程です.その行動決定を適切に行うためには,連続的な感覚入力をどこかで離散化,すなわち記号化し,推論する必要があります.そこで,マルチモーダルな感覚入力の記号化と推論の認知アーキテクチャの開発を目指すのが,記号創発ロボティクスの活動です.
記号創発はロボットだけの問題ではなく,実世界に関する言語コミュニケーションにも不可欠の問題です.さらに,言語・非言語を問わず連続した感覚入力に基づく幅広い推論においても必要です.ヒトは間違いなくこの問題に直面して恐らくは解決しており,五感からの感覚入力を離散化して推論し,言語として表出しています.さらに言語コミュニケーションでは発信者が行なった離散化を受信者も適切に解釈することができます.とすると,発信者と受信者は異なる個体でありながら共通の離散化アーキテクチャを脳内に持ち,他者とのすり合わせをしながら運用していることになります.これこそ,認知科学の基本問題としてAIとロボットと赤ちゃんの研究者として岡田浩之氏が追い求めている課題なのです.

2. 認知科学会への貢献
 岡田氏は研究だけでなく,認知科学会の運営にも大きく貢献しています.2013年の日本認知科学会第30回大会は玉川大学で開催されましたが,岡田氏は実行委員長として研究室総出で運営に協力してくれました.また,2011年から現在に至るまでの7期13年の間,認知科学会の運営委員・常任運営委員として運営に参加していますし,2011年―2017年には『認知科学』誌の編集委員としても活躍しています.
 しかし何よりも岡田浩之氏を特徴付けるのは,認知科学サマースクールの幹事としての活躍でしょう.認知科学サマースクールは2011年から若手研究者の育成を主目的として始まり,コロナ禍で2020年から3年間は中止となりましたが,今年も開催されると聞いています.その準備の中で,岡田氏は今井氏とともに安西祐一郎先生との連絡役となり,また会場との交渉なども含めて大活躍であり,実際には影の主役であると多くの方が認識しています.

3. 認知科学会以外の活動
 先述の通り岡田氏の活動は幅広く,ロボカップの@ホーム部門では日本の主導的な立場にいます.実際,ロボカップ世界大会では優勝/準優勝を7回,国内のロボカップジャパンオープンでは3回の優勝を成し遂げており,同時にロボカップに関連した学会賞を3回受けています.これだけの実績があることで,岡田氏はロボカップ日本委員会の会長という役職を務めていますが,いずれは世界に向けて展開していく可能性もあるでしょう.
 しかし,岡田氏のロボット分野での活躍はロボカップに限りません.氏はロボット学会インテリジェントホームロボティクス研究会を2014年に設立して,初代の委員長を務めました.そして,ロボットの分野の発展に顕著な貢献があったとして2019年に日本ロボット学会からフェローの称号を授与されていますし,日本政府が2021年のオリンピックに合わせて開催したWorld Robot Summitに実行委員として参加し,競技委員長を務めました.
 一方で,赤ちゃん研究やロボット研究に基づく書籍の執筆も活発です.いかにも岡田氏らしいのがポプラ社から出版された「脳科学からうまれたえほん」シリーズです.赤ちゃん研究の知見をもとに,0歳から2歳までの幼児を対象にその年齢に応じた最適な知育刺激をデザインした絵本であり,科学と実践がみごとに融合した事例です.
 そして最近では,AIが社会へ及ぼす影響を理解し,AI技術でロボットを動かすことで身をもって学ぶ,AIリテラシーを考慮したAIロボット教育カリキュラムと教材の開発を行なっています.

4. 人物像
 岡田氏の人物像ですが,まずは気さく,誰とでも話せて,仲間を作っていきます.その結果,チーム編成が得意です.これまで,2008年のロボカップ世界大会の2大学合同チームの結成,赤ちゃん研究の今井プロジェクトの実行部隊を玉川大学赤ちゃんラボでの引き受け,インテリジェントホームロボティクス研究会の設立,World Robot Summitの競技チームなどの実績があり,それらのチームの中心にいるのが岡田氏でした.これからもそうやっていろいろな活動を率いていくと期待されます.
 一方で研究室の運営では,スタッフや学生の自主性を重視します.自主性の重視は時として学生にとって辛いこともありますが,人を育てるのには有効です.玉川大学工学部のロボット工房には多くの学生が集まり,それぞれが自分のテーマでロボットプログラミングにチャレンジしています.このような岡田氏がこの度,認知科学会のフェローに推挙されたとのこと,大変喜ばしいことです.AIとロボットと赤ちゃんという目新しいけど深いところで不可欠につながっている研究分野を切り開いてチームで研究を進める.これが岡田浩之氏の姿です.

文 献
主要著書
開地徹・岡田浩之(2012). 脳科学からうまれたあなぽこえほん. ポプラ社
玉川大学赤ちゃんラボ(編) (2012). なるほど!赤ちゃん学:ここまでわかった赤ちゃんの不思議. 新潮社
カンジェロシ, A.・シュレシンジャー, M. 岡田浩之・谷口忠大(監訳) 萩原良信・荒川直哉・長井隆行・尾形哲也・稲邑哲也・岩橋直人・杉浦孔明・牧野武文(訳) (2019). 発達ロボティクスハンドブック:ロボットで探る認知発達の仕組み. 福村出版
岡田浩之(2020). ロボットプログラミングROS2入門. 科学情報出版
武藤ゆみ子・岡田浩之(2021). AI とうまくつきあう方法:教養としてのAI リテラシー. 玉川大学出版部

主要論文
岡田浩之・山川宏・大森隆司(2001). 環境同定と報酬獲得のトレードオフを解消する報酬・嫌悪の二次元評価強化学習の提案. 日本ロボット学会誌, 19 (2), 96-103. https://doi.org/10.7210/jrsj.19.244
Okada, H., Sakagami, M., & Yamakawa, H. (2005). An modeling stimulus equivalence with multi layered neural networks. In J. Cabestany, A. Prieto, & F. Sandoval(Eds.), Lecture notes in computer science, Vol. 3512. Computational Intelligence and Bioinspired Systems (pp.153-160).
高橋英之・岡田浩之(2010). コミュニケーションにおける曖昧さとその機能. 知能と情報, 22 (4), 450-463. https://doi.org/10.3156/jsoft.22.450
高橋英之・岡田浩之(2012). 幼児はいかに他者という記号をロボットに見いだすか? 人工知能学会誌, 27 (6),612-618. https://doi.org/10.11517/jjsai.27.6_612
阿部香澄・岩崎安希子・中村友昭・長井隆行・横山絢美・下斗米貴之・岡田浩之・大森隆司(2013). 子供と遊ぶロボット:心的状態の推定に基づいた行動決定モデルの適用. 日本ロボット学会誌, 31 (3), 263-274. https://doi.org/10.7210/jrsj.31.263
高橋英之・岡田浩之・大森隆司・金岡利知・渡辺一郎(2013). エージェントの擬人化の背景にある並列的な認知処理. 人工知能学会論文誌, 28 (2), 264-271. https://doi.org/10.11517/jjsai.28.2_264
Takahashi, H., Saito, C., Okada, H., & Omori, T. (2013).An investigation of social factors related to online mentalizing in a human-robot competitive game. Japanese Psychological Research, 55 (2), 145-153. https://doi.org/10.1111/jpr.12007
Schug, J., Takagishi, H., Benech, C., & Okada, H. (2016). The development of Theory of Mind and positive and negative reciprocity in preschool children. Frontiers in Psychology, 7, 888. https://psycnet.apa.org/doi/10.3389/fpsyg.2016.00888
Okada, H., Inamura, T., & Wada, K. (2019). What competitions were conducted in the service categories of the World Robot Summit? Advanced Robotics, 33 (17), 900-910. https://doi.org/10.1080/01691864.2019.1663608
Eguch, A., & Okada, H. (2019). Young roboticists’ challenge future with social robots ? World Robot Summit’s approach:Preliminary investigation. In M. Merdan,W. Lepuschitz,G. Koppensteiner, R. Balogh, & D. Obdrlek(Eds.), Advances in intelligent systems and computing Vol.1023. Robotics in Education (pp.325-335). Springer. https://doi.org/10.1007/978-3-030-26945-6_29
Yamamoto, T., Yaguchi, H., Kato, S., & Okada, H. (2020).Evaluation of impression difference of a domestic mobile manipulator with autonomous and/or remote control in fetch-and-carry tasks. Advanced Robotics, 34 (20), 1291-1308. https://doi.org/10.1080/01691864.2020.1780152
Contreras, L., Yamamoto, T., Matsusaka, Y., & Okada, H. (2022). Towards general purpose service robots: World Robot Summit - Partner Robot Challenge. Advanced Robotics, 36 (17-18), 1-13. https://doi.org/10.1080/01691864.2022.2109428

(大森隆司 記)