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: 6. まとめ : 科学者による問題の定式化 そのタイプ分けと研究履歴との対応 : 4. 分析と考察


5. 議    論

本稿では,科学者による思考プロセスと研究履歴との対応を分析した.特に「問題の 定式化プロセス」に着目し,「専門領域」という科学社会学的な枠組みとの対応を 調べた.また同時に,それらの科学社会学研究よりミクロな視点から,科学者による 問題の定式化プロセスのタイプと研究履歴との対応関係を分析した.科学者による 思考プロセスのタイプを認知科学的に分析するという点では,Dunbar (1997) や 植田 (Ueda, 1997; 植田, 1999) による研究と共通している.しかしながら,彼等の 研究目的はあくまで思考プロセス (特に問題の解決プロセス, 及び仮説形成のプロセス) の詳細な解明にある.したがって,科学社会学研究のように 科学者による思考プロセスの傾向と彼らの研究履歴との関連を調べることが目的では ないので,この点で本研究とは異なる.つまり本研究は,科学社会学的な研究目的に 認知科学的な研究の手法と目的を取り込んだ,いわば学際的な研究だといえよう.

本節では,まず第2節の研究手続きの妥当性について,先行研究と比較しつつ議論する. 次に第4節の結果について,認知科学及び科学社会学の先行研究と比較して議論する.

5.1 研究手続きについて

まず,研究手続きが適切であったか否かについて考えてみる.第3.1節で示した ように,被験者の問題の定式化プロセスを調べるために本研究で採用した手段は, Dunbarによる「参与観察」や植田が用いた「インタビュー」ではなく,「統制実験」 である. 確かに思考プロセスの実態を詳細に捉えるためには,統制実験が適さない場合がある. だが本研究の目的は,彼等の研究のように「自然な状況の中での科学者の思考プロセス の解明」というよりはむしろ,「(学際的な協同グループを構成する) 研究者に共通な 状況・課題の下でのそれら研究者による多様な思考プロセス」が,彼らの「研究履歴」 に影響されることを示すことにあった.このような,科学者による多様な思考プロセス と研究履歴との対応を明らかにするという目的のためには,統制実験という手続きが 適している考えられる.また科学的発見のプロセスを統制実験によって調べた研究は 数少なく (例えば(Dunbar, 1993; Okada & Simon, 1997)), 特に「問題の定式化プロセス」に着目したものは,本研究が初めてであろう.

ところで,本研究の分析対象となった「問題の定式化」についての研究は,認知科学の 領域において既に鈴木らによって行われている (鈴木, 1985; 鈴木・福田, 1985). 鈴木らは,「問題の定式化を行う人間は,自らの経験や知識が豊かな領域の中の概念で 問題文中の語句を言い換えることにより,与えられた問題の内的なモデルを構成して いる」と指摘している.だが鈴木らの研究は,被験者の研究履歴にあたるものを調べて おらず,被験者の「研究履歴」と「思考プロセス」との対応を議論していない. 本研究の成果は,上述した鈴木らの指摘を,具体化・明確化したものといえる. つまり,「研究目的」や「研究手続き」こそが,鈴木らのいう内的なモデルを構築する 重要な要因だと考えられる.

5.2 研究結果について

次に第4節の結果について,他の先行研究と比較しつつ議論する.科学者の知識産出の 過程を分析したFujigaki (1997) は,個別科学の分野ごとの「科学的」理念の分類軸を 提案している20.ここでは,AとBの2つの現象間に相互 連関があることがわかった場合,その間を結ぶ機構のメカニズム (因果メカニズム) を さぐり,法則連関を求め,理論の完成を目指すタイプ (メカニズム追求型) と, AとBの間のメカニズムをブラックボックスとして,その機能連関 (因果関係) を 探ることを目的とするタイプ (機能連関型) の2つに科学的探求のタイプを同定 している.確かに本研究でも,「問題の定式化プロセス」の結果である プロポーザルデータによれば,Fujigakiのいうメカニズム追求型と機能連関型は 分類可能であると考えられる.例えばグループ1のプロポーザルでは,メカニズムの 中身を構築することが研究の目的として強調されている (メカニズム追求型の研究). これに対しグループ2は (あくまでプロポーザルだけを見るならば),ある変数間の 入出力関係を明らかにすることが特に研究の目的として書かれている (機能連関型の 研究).だが,そのプロポーザルが生み出される過程であるプロトコルデータ (図1) を 見れば,グループ2の被験者もまたメカニズムの解明を目的としつつ,Fujigakiのいう 機能連関的な研究を考えていることがわかる.すなわち「所属するジャーナル共同体」 と「問題の定式化プロセス」のタイプ分けの間には,「専門領域」よりは明確な 対応関係が見られたが,完全な対応 (一対一の対応) を見るためには, よりミクロな要素である「研究の方向性」に着目する必要があった.この 「研究の方向性」と「所属するジャーナル共同体」の間には,``ジャーナル共同体 によって内化される妥当性基準が研究者の「研究目的」や「研究手続き」を 規定する" (藤垣, 1995) ことを考慮すれば,密接な関係があると考えられる. すなわち「研究の方向性」とは,「所属するジャーナル共同体が内化する妥当性基準」 の具体的な内容だといえよう.この「妥当性基準」は, 社会認知的 (socio-cognitive) な概念である.つまり,集団として共有される 基準が,個人の認知的な側面,この場合は研究の方向性を規定すると考えられる.



日本認知科学会論文誌『認知科学』