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: 5. 議    論 : 科学者による問題の定式化 そのタイプ分けと研究履歴との対応 : 3. 結    果


4. 分析と考察

12人の科学者の問題の定式化プロセスから,それぞれの特徴によって4つのグループを 抽出してタイプ分けしたが,本節では,それらの分類された各グループとそこに属する 被験者の研究履歴との比較を行い,科学者の思考傾向について,科学社会学的な視点と 認知科学的な視点の両方から分析を行う.

4.1 問題の定式化プロセスと研究領域との対応

科学社会学における研究では,科学者の思考プロセスと深く関連する要素として,主に 専門領域が考えられている.そこでここでは,問題の定式化プロセスの傾向によって 同定された1から4のグループと,表3で示した各グループの被験者の専門領域や所属するジャーナル共同体とを比較し,両者の対応関係を調べる.

まず表3を利用し,各グループにおける被験者の専門領域及び所属するジャーナル 共同体について,2人以上に共通する部分を抜き出すと表6のようになる.このように 全てのグループにおいて,グループに属する2人以上の被験者で共通する専門領域が みられた.この結果は,「専門領域がそこに属する科学者の思考プロセスに影響を 与えるのではないか」という考え方を支持するかのように見える.しかしながら, 問題の定式化プロセスが異なったグループ2と3とから同じ専門領域 (実験系心理学) が 抽出されたり,グループ1に属する3人の被験者の間で共通する専門領域が一つに決定 できないなど,問題の定式化プロセスの各タイプと専門領域とにおける一対一の 対応関係は見られなかった.

このように,科学者の問題の定式化プロセスという思考プロセスのタイプに応じて 同定されたグループと各グループに属する科学者の専門領域との間には,明確な一対一 の対応が見られなかった.この結果はおそらく,対応づけようとした専門領域が比較的 マクロな分類であったために生じたものであろう.タイプ分けされたグループに対して より明確に対応する研究履歴の要素を見出すためには,このようなマクロな分類だけ でなく,より研究履歴の特性を記述できるミクロな分類が必要だと考えられる.

ここで藤垣 (1995) によれば,``研究者はその研究論文の産出過程で,所属する ジャーナル共同体の査読基準による訓練によって,「どのようなプロセスを経れば 研究結果を妥当と判断するか」についての妥当性基準 (validation boundary) を 内化する.そしてこの妥当性基準は,研究者の「研究目的」や「研究手続き」を 規定する"という. 表6によれば, 問題の定式化プロセスが異なるグループ間で,所属するジャーナル共同体が 同じだということはなかった点で, 問題の定式化プロセスのタイプ分けと所属するジャーナル共同体との間には, 専門領域よりは明確な対応関係が見られる. しかしながら,問題の定式化プロセスのタイプ分けとより明確に対応する (すなわち, 一対一に対応する) ものを見出すためには,単に所属するジャーナル共同体という 集団単位に着目するだけではなく,藤垣の提唱する``内化された妥当性基準''と いった概念に踏み込んで研究履歴を検討していくことが必要だと考えられる.そこで 第4.2節において,問題の定式化プロセスのタイプ分けと対応する別の研究履歴の 要素について考察する.

表: グループ内に共通する「研究領域」
グループ 共通の専門領域 共通のジャーナル共同体
1 知能情報学,計算機科学 人工知能学会,電子情報通信学会
2 実験系心理学 日本認知科学会
3 実験系心理学 特になし
4 神経科学 日本神経科学学会


表: グループ内に共通する「研究の方向性」
グループ 最近の研究における研究目的 利用可能な研究手続き
1 メカニズムの工学的構築 シミュレーション
2 要因のメカニズムへの影響の解明 心理統制実験,機器利用の測定実験
3 メカニズムの記述と解明 フィールド調査,心理統制実験
4 脳機能の検証 心理統制実験,機器利用の測定実験

4.2 問題の定式化プロセスと対応する研究履歴

ここでは,第2節における研究履歴のアンケート調査の結果を利用して,よりミクロな 視点から,各グループの問題の定式化プロセスと対応する研究履歴の新しい要素を 探る. 具体的には,表4の被験者がどのような目的・動機をもって研究しているかという 「研究目的」と,表5の被験者の利用可能な「研究手続き」とを利用する.そして両者 の組み合わせ (ここではこれら2つの要素の組み合わせを「研究の方向性」という言葉で 定義する) を,前節で定義した「研究領域」に代わる新たな研究履歴の要素と 仮定して,各グループの問題の定式化プロセスとの対応を調べる.

まず表4から,各グループに属する被験者間に共通する最近の研究における 「研究目的」(表4中で太字で表されているもの) を抽出すると表7の左欄のように なる.ここで,グループ1から3までのメカニズムは,抽象的で論理的なメカニズムであ るのに対し,グループ4のメカニズムは脳の機能という物質的・実在的なものである点 で大きく異なっている.このように各グループごとに共通の「研究目的」が見られる.

また被験者の利用可能な「研究手続き」については,表5を用いて各グループごとの 被験者間で共有されている手続き (表5中で◎で表されているもの) を抽出すると, 表7の右欄のようになる.

これらの結果から,最近の研究における「研究目的」と利用可能な「研究手続き」とを 組み合わせた「研究の方向性」は,表7のように各グループごとに特徴的かつユニーク なものとなることが示唆される.つまり,この2つの要素の組み合わせからなる「研究 の方向性」は,問題の定式化プロセスに従って分類した科学グループの特徴と一対一の 対応があると考えられる16

次に「問題の定式化プロセス」を具体的にみていくことで,「研究の方向性」との間の 対応関係をより詳細に検証してみよう.すなわち,図1に示した問題の定式化プロセス 中における個々の要素に着目し,最近の研究における「研究目的」と利用可能な「研究 手続き」という2つの要素との対応関係を調べる.

図1のフローチャートから各グループにおける目的を表すユニット (3.2系統) を 抽出してみると,以下のようになる17. すなわち,グループ1は「ある因果メカニズムの解明・構築」(3.2.1),グループ2は 「ある因果メカニズムに関連した因果関係の検証」(3.2.1→3.2.3),グループ3は 「因果関係における要因の発見と,その背後にある因果メカニズムの解明」 (3.2.2→3.2.3→3.2.1),グループ4は「ある因果メカニズムと対応した脳の部位の 発見」(3.2.1→3.2.2),がそれぞれ抽出できる.さらに図1のフローチャートから各 グループにおける手続きを表すユニットを抽出してみると,以下のようになる. すなわち,グループ1は「コンピュータなどによるシミュレーションを行う」 (3.3.2.3),グループ2は「心理統制実験を行う」(3.3.2.2),グループ3は「フィールド 調査(臨床を含む)を行う」(3.3.2.1),グループ4は「心理統制実験と同時に,MRIや 電極を用いた測定実験 (の実施) を設定する」(3.3.2.4),がそれぞれ抽出できる. これら「研究目的」及び「研究手続き」との両項目において,研究履歴のデータから 抽出された表7の結果と, 上述した問題の定式化プロセスを表す図1のフローチャートから 読み取った結果とを各グループごとに比較してみれば18,両者が ほぼ一致していることがわかる.

以上の結果をまとめると,科学者の思考プロセスを知る上で,最近の研究における 「研究目的」(表4) と利用可能な「研究手続き」(表5)は,第3節で定義した 「研究領域」(表3) よりも有力な手がかりになると考えられる19.また逆に「問題の定式化プロセス」(図1) を みることは,科学者の「研究目的」と「研究手続き」を知るうえで十分な情報を 与えてくれるものと考えられる.

4.3 まとめ

本節では,思考プロセス (問題の定式化プロセス)の特徴によってタイプ分けされた 科学者のグループと,マクロな分類といえる従来の研究領域(特に「専門領域」) との 対応を分析し,両者が明確に一対一に対応しないことを示した.他方で,それらの グループと,科学者の最近の研究における「研究目的」や利用可能な「研究手続き」と いった,研究履歴におけるよりミクロな要素の組み合わせ (「研究の方向性」) とを 比較し,より明確な一対一の対応が見られることを示した.


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日本認知科学会論文誌『認知科学』