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日本認知科学会

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佐々木正人

2015年フェロー.
東京大学大学院教育学研究科・教授

この度,日本認知科学会のフェローになられた佐々木正人さん(東京大学大学院教育学研究科教授)を,お世話になってきた教え子の一人として紹介させていただくことは,光栄この上ない.その反面,これほど著名な佐々木さんについて,今さら何をどう書いたら良いのだろうと,執筆依頼を引き受けてから頭を抱えた.しかし,ここは開き直ることにし,飽くまでも教え子からの目線で,ご紹介させていただきたくことにした.

1. 認知科学への貢献
佐々木正人さんと言えば,アフォーダンス,生態心理学などのキーワードが思い浮かび,ジェームズ・ギブソン,エドワード・リード,心理学者としてのチャールズ・ダーウィンなどの紹介者といったイメージが強いかも知れない.確かに,佐々木さんは本邦の生態心理学の第一人者である.しかし,エコロジカル・アプローチにのめり込む前の仕事をも含めて,その功績全体を俯瞰してみると,認知科学に対する,あるいは広く人間科学に対する佐々木さんの貢献は,認識の原点としての「からだ」というトピックを,それまでとは異なる次元へと引き上げたことだと捉えたい.

確かに,佐々木さん以前にも,身体について議論する哲学者や心理学者は,洋の東西を問わず存在していた.しかしながら,佐々木さんのように,「知覚」,「空間認知」,「記憶(イメージ)」,「記号(言語)」といった,認知科学の主要なテーマに対して,「空書」,書字スリップ,発話とジェスチャーなど,実に具体的なレベルで,実証的に観察し,議論した例は,少なくとも本邦においては極めて少なかったのではないだろうか.初期の代表作である「からだ:認識の原点」において佐々木さんが描こうとしたのは,哲学者が語る抽象的な身体でも,生理学者が切り刻む身体でもなく,「知ること,考えることといった認識の世界と深くかかわりあっている」具体的な,生きた「からだ」であった.

この問題意識こそ,佐々木さんがその後本格的に取り組むこととなるアフォーダンス理論とともに,現在,ロボット工学,理学療法・作業療法,アート,デザインなどの分野で,徐々に広がりつつあり,わが国における認知科学の展開を語る上で無視できない主要テーマとなっている「身体性」という考え方の,一つのルーツなのである.

現在,「身体性」という用語は,実に様々な背景の研究者が,異なる意味やニュアンスで使っている.今回,佐々木さんが日本認知科学会のフェローになられたのをきっかけに,それがどのようなアイディアなのかを再考する機会になればと願っている.

2. 教師っぽくない師
さて,学問的なことは議論し始めたらキリがないのでこのぐらいにし,以下では,もう少し佐々木さんのお人柄にスポットライトを当てたい.佐々木さんと最初に出逢ったのは,筆者が早稲田大学人間科学部佐々木ゼミに入った 1989 年春だった.佐々木さんは 30 代半ば過ぎ,「からだ:認識の原点」を出版して数年が経過した頃だった.それ以来,四半世紀にわたり,公私にわたってお付き合いをさせていただいている.

佐々木さんは,「教師っぽくない」先生だった.これは,筆者の代が新設学部の第 1 期生であり,教員と学生の距離が近いという雰囲気が,キャンパス全体を覆っていたこととも関係するかも知れない.しかし,単に学生との距離が近いというのとは若干趣を異にする,教師っぽくない感じが,佐々木さんには漂っていた.

佐々木さんの論文指導は,私たち学生にとっては驚きの連続だった.指導の際,佐々木さんは,しばしば,「ここは,こんな分析するとオモシロイんじゃないか?」と,具体的な分析方法に踏み込んだ.次回の指導までに分析結果を持って行くと,「その分析,つまんないなぁ!誰が考えたの?」などとダメ出しをする.と,こんな具合だ.ナイーブな学生時分のことだから,内心「えーっ!先生の指示通りやったのに!」と叫びながら,かなりショックを受けたものである.この指導に,(佐々木さんはご存知ないかも知れないが)同期のゼミ生たちは,当初一様に戸惑っていたはずだ.

それでも,そんなやり取りを続けていくうちに,佐々木さんが,敢えて教師らしく振る舞おうとはせず,毎回,毎回,新鮮な目で(つまり,それまでのディスカッションはほぼ忘れて),その時々に思ったこと,感じたことを,われわれ学生にぶつけてきてくれるんだ,と切換えることができた.そして,戸惑いは,徐々に,今度は何を言ってくれるんだろうというワクワク感とありがたみに取って代わった.

要は,佐々木さんは,教師である前に,一人の研究者として,あるいは一人の人間として,私たちに向き合ってくれていたのだ.まだよくわかっていないことに対して,頭ごなしに決めつけることはせず,ああでもない,こうでもない,と様々な可能性に考えを巡らせるまさにそういった思索の現場に私たちを招き入れ,既成の学問や文化によって植え付けられた先入観という壁をどのようにして取っ払うのかを,私たちに教えてくれていたのだと思う.

3. 無用な壁は取っ払う
このような指導法にも垣間見られるように,佐々木さんは,無用な壁を好まない.実際,「風通しを良くしたい」といった言葉をこれまでに度々聞いた.それは,細分化された学問分野の厚い壁に,なんとか風穴をこじ開け,異分野の人たちとの交流や対話を促したいということである.佐々木さんは,狭い学問分野に閉じこもらず,異分野の人たちの中にスッと入っていき,そこに,新たな出逢いや発見が生まれていく.佐々木さんの表情を見ていると,垣根やブロック塀を乗り越え,塀伝いに隣近所を駆け回って遊ぶ,目をキラキラと輝かせた昭和の少年を彷彿とさせる.

こうして,佐々木さんは,異分野の研究者や実践家たちにいつしか寄り添うようになり,各々の分野で抱えているインパスを乗り越えるためのヒントのタネを撒いていく.相手は,演劇,舞踊,写真,音楽,武道,デザイン,建築,土木,リハビリテーション,ロボティクスなどなど,実に様々な分野のエキスパートたちである.そして,佐々木さんが通った跡には,佐々木さんと出逢った人たち同士の交流が生まれ,いつしか研究コミュニティができていく.そのいくつかに関わったという本会会員も少なくないだろう.

4. 辛抱強く観察することの大切さ
あれはいつのことだったろうか,佐々木さんの研究室に入ると,テーブルに皿が置かれ,その上に一つの林檎が置かれていた.聞くと,林檎が腐っていくプロセスを観察しているのだという.その後,数ヶ月にわたって林檎は置かれたままだった.その変わりゆくグロテスクな姿を,佐々木さんは研究室に来るたびに見ていたのだろう.林檎は,研究とは直接関係しないことだったはずだが,いずれにしても,気になったこと,思い立ったことは,とにかく試し,とにかく観察してみる.そして,これぞと思ったことは,とことん観察する.佐々木さんの流儀だ.カブトムシの起き上がり行動の観察は,十数年の歳月に及んだと聞いた.きっと,何十年も,ミミズの研究を続けたダーウィンに自身を重ねていたに違いない.そんな,ちょっぴり,ミーハーなところもまた,佐々木さんの魅力である.

5. おわりに
教師っぽくない指導にせよ,余計な壁を取っ払うことにせよ,地道に観察を続けることにせよ,佐々木さんは,恐らく,認知や人間について総合的に科学するために学際的にしなくては,といったトップダウン的な発想からやっているのではないと思う.「からだ」という,本質的に多義的なものを研究テーマとして背負ってしまったことから,いわばボトムアップ的に,そのようにせざるを得なかったと考えるほうが,実際に近いように思う.そのことも含めて,佐々木さんは,身体性に興味を持つ私たち皆にとって,数歩先を歩く鑑なのだと思う.

佐々木正人さんの主たる業績(研究テーマ別)

空書研究と展開(教育心理学会城戸賞、日本認知心理学会独創賞)
佐々木 正人・渡辺 章 (1983). 空書行動の出現と機能. 『教育心理学研究』, 31 (4), 273–282.
佐々木 正人 (1984). 空書行動の発達. 『教育心理学研究』, 32 (1), 34–43.
佐々木 正人・渡辺 章 (1984). 空書行動の文化的起源. 『教育心理学研究』, 33 (1), 182–190.
Sasaki, M. (1987). Why do Japanese write characters in space? International Journal of Behaviour Development, 10 (1), 135–150.
佐々木 正人 (1987). 認知科学選書 15 『からだ:認識の原点』. 東京大学出版会.

視覚障碍者ジェスチャー研究(日本発達心理学会論文賞)
佐々木 正人 (1993).「発話にともなう手振り」の現れと視覚的他者.『発達心理学研究』, 4 (1), 1–12.
佐藤 由紀・渋谷 友紀・佐々木 正人 (2011). 早期失明者における「発話にともなう手振り」の現れの記述と事例構造分析. 『認知科学』, 17 (4),729–760.

行為とリハビリテーション研究
鈴木 健太郎・佐々木 正人 (2001). 行為の潜在的なユニット選択に働くタスク制約:日常タスクに観察されるマイクロスリップの分析.『認知科学』, 8 (2), 121–138.
佐々木 正人 (2003). 物・環境を行為で記述する試み. 『人工知能学会誌』, 18 (4), 399–407.
佐々木 正人・三島 博之 (編)(2001). 『アフォーダンスと行為』. 金子書房.
佐々木 正人 (2005). 『ダーウィン的方法 運動からアフォーダンスへ』. 岩波書店.

乳児発達研究(動画データベースの構築,京都大学学術映像コンペティション入選)
佐々木 正人 編著 (2008). 『動くあかちゃん事典』.小学館.
佐々木 正人 (2005). 物が地面から離れていることが与えていること.『現象学年報』, 21 (3), 1–13.
Nonaka, T., & Sasaki, M. (2009). When a Toddler Starts Handling Multiple Detached Objects: Descriptions of a Toddler’s Niche Through Everyday Actions. Ecological Psychology, 21 (2), 155–183.
佐々木 正人 (2011). 包囲する段差と行為の発達. 『発達心理学研究』, 22 (4), 357–368.
青山 慶・佐々木 正人・鈴木 健太郎 (2013). 他者の意図理解の発達を支える環境の記述. 『認知科学』, 21 (1), 125–140.
西尾 千尋・青山 慶・佐々木 正人 (2015). 乳児の歩行の発達における部屋の環境資源. 『認知科学』, 22 (1), 151–166.

アート・デザイン・スポーツ
佐々木 正人 (2003). 『レイアウトの法則』. 春秋社.
後藤 武・佐々木 正人・深沢 直人 (2004). 『デザインの生態学』. 東京書籍.
佐々木 正人 (2008). 『時速 250 キロのシャトルが見える―トップアスリート 16 人の身体論』.光文社新書.
野中 哲士・西崎 実穂・佐々木 正人 (2010). デッサンのダイナミックス『認知科学』 . , 17 (4), 691–712.

エコロジカル・アプローチ
佐々木 正人 (1994). 『アフォーダンス 新しい認知の理論』. 岩波書店. (2015 『新版 アフォーダンス』に改定.)
佐々木 正人・三嶋 博之 編訳 (2001). 『アフォーダンスの構想』. 東京大学出版会.
佐々木 正人・三嶋 博之 編訳 (2005). 『生態心理学の構想』. 東京大学出版会.
佐々木 正人 (2008). 『アフォーダンス入門』. 講談社学術文庫.
佐々木 正人・古山 宣洋・三嶋 博之 監訳 (2011).『生態学的知覚システム』. 東京大学出版会.

(古山 宣洋 記)