プロトコル実験を行うにあたり,我々の実験の意図はできるだけ明らかにせず,単に 「科学者がいかに曖昧なテーマを具体的な研究課題へ発展させるかを調べている」と だけ述べた.被験者が取り組むべきテーマとしては,複合領域的な問題であり多様な 視点から研究対象として考察することのできる 「カクテルパーティ効果」zw5という認知現象を 採用した.そして,当該テーマについての説明文を被験者に提示すると同時に研究の プロポーザル6を書くための用紙を渡し,最終的にはこのテーマに 関連した研究について当該プロポーザルを書くつもりで考え,まとめるように 指示した7.その際,被験者が考えたことは 全て発話してもらい,これをテープに録音した.
被験者に提示した具体的な説明文は以下の通りである.
カクテルパーティ効果の説明文8
騒がしいパーティなどにおける多数の会話の渦の中で,自分の話相手以外の人の話の中
から,自分の名前など何か特徴的な単語などが突然聞こえてくるような現象.
実験中の注意点
我々の説明が終わったところで質問を受け付けた.但し,被験者が組み立てる研究の 内容に関する質問や相談は一切受け付けなかった.さらに被験者全員に,この実験中で 発話してもらった内容をまとめてもらうために,テーマ提示後およそ1週間以内に プロポーザルを書くように求めた.
研究履歴の調査用紙における質問項目
レベル1 | レベル2 | レベル3 | レベル4 | 内 容 |
1 | その他 (後述の2-5に該当しないもの) | |||
2 | 与えられたテーマに関する既存知識 | |||
2.1 | テーマに関する知識の深さに関する認識 | |||
2.2 | テーマに関連した先行研究の想起 | |||
2.3 | テーマに関連した現象が生じる状況の想定 | |||
3 | 研究方針の設定 | |||
3.1 | 研究の大枠の設定 | |||
3.2 | 研究目的の設定 | |||
3.2.1 | 因果メカニズムの解明・構築という目的設定 | |||
3.2.2 | 因果関係における要因の発見という目的設定 | |||
3.2.3 | 因果関係の検証という目的設定 | |||
3.3 | 研究手続きの設定 | |||
3.3.1 | 資料調査の必要性の認識 | |||
3.3.2 | 実験手続きの設定 | |||
3.3.2.1 | フィールド調査の設定 | |||
3.3.2.2 | 心理統制実験の設定 | |||
3.3.2.3 | 計算モデル構築・シミュレーションの設定 | |||
3.3.2.4 | 物理測定実験 (fMRI, PETなどの機器を利用した実験) の設定 | |||
4 | 追究すべき具体的な因果関係の設定 | |||
5 | 追究すべき具体的な因果メカニズムの設定 | |||
5.1 | 認知的メカニズムの設定 | |||
5.2 | 計算論的メカニズムの設定 | |||
5.3 | 神経科学的メカニズムの設定 | |||
5.4 | 臨床心理学的メカニズムの設定 |
グループ | 被験者 | ユニットの変化 | 問題の定式化プロセスの特徴 |
1 | F, G, H | 3.2.1
→5系統 →3.3.2.3 |
認知メカニズムの解明・構築を 目的とし (3.2.1), その様々な具体例 (5系統) をシミュレーション (3.3.2.3) を ベースとして考える. |
2 | A, B | 3.2.1
→5系統 →4 →3.2.3 →3.3.2.2 |
認知メカニズムの解明を目的とし (3.2.1), その具体例 (5系統) を特定して,その メカニズムからある因果関係を導き出し (4→3.2.3), それを心理統制実験によって 検証する (3.3.2.2). |
3 | C, L | 3.2.2
→3.3.2.1 →4 →3.2.1 |
現象の発生に影響する 未知の要因の発見を目的とし (3.2.2), まずフィールド調査 (3.3.2.1) の実施を 考える.さらに,そこで発見される要因を利用して (4), 定性的なモデルを 構築しようとする (3.2.1). |
4 | J, K | 3.2.1
→5系統 →3.2.2 →3.3.2.2+3.3.2.4 |
認知メカニズムの解明を目的とし (3.2.1), その具体例 (5系統) を考える.考えた メカニズムと関連する脳の部位の発見を目的とし (3.2.2), 心理統制実験 (3.3.2.2) や物理測定実験 (3.3.2.4) の実施を考える. |
5 | D, E, I | 問題の定式化が未完成のまま終了. |
グループ | 被験者 | 専門領域 | 所属するジャーナル共同体 |
1 | F | 実験系心理学,知能情報学,知能機械学,計算機科学 | 日本認知科学会, 人工知能学会,日本ソフトウェア科学会,日本ロボット学会,電子情報通信学会, Cognitive Science Society |
G | 知能情報学 | 電子情報通信学会,日本神経回路学会,人工知能学会 | |
H | 計算機科学 | なし | |
2 | A | 実験系心理学,知能情報学 | 日本認知科学会,Cognitive Science Society |
B | 実験系心理学,神経科学一般 | 日本心理学会,日本基礎心理学会, 日本認知科学会,Association for Research in Vision and Ophthalmology | |
3 | C | 実験系心理学,知能情報学 | 日本記号学会,表現学会,日本リスク研究学会, 日本心理学会 |
L | 実験系心理学,精神神経科学 | 日本精神神経学会 | |
4 | J | 実験系心理学,神経科学一般 | 日本心理学会,日本動物心理学会,日本神経科学学会 |
K | 神経・筋肉生理学 | 日本神経科学学会,日本生理学会, Society for Neuroscience,計測自動制御学会 |
プロトコルデータは,句点 (。) で切れる意味のあるまとまりごとに,または長い沈黙 があるごとに区切った.区切られた各々をユニットと呼ぶことにする.そして 各ユニットが「分類の枠組み」のどのコードに当てはまるかを分析した.
「分類の枠組み」は,曖昧な口語データを体系的に分析するためのものなので,
分類指標として十分な客観性を持っている必要がある.本研究ではこの客観性を示す
ために,独立した2人のコーダ12による評定者間一致率を検討した.その結果,
各ユニットにおける第一著者のコーディングに対するもう1人のコーダによる
コーディングの一致率は約73.0%であった.従って,この「分類の枠組み」はある程度
の客観性を有していると考えられる.
グループ | 被験者 | 研究目的 |
1 | F |
|
G |
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H |
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2 | A |
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B |
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3 | C |
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L |
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4 | J |
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K |
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