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: 3. 結    果 : 科学者による問題の定式化 そのタイプ分けと研究履歴との対応 : 1. はじめに


2. 研究手続き

2.1 実験・調査手続き

2.1.1 被験者

本研究では,科学者の問題の定式化プロセスと研究履歴のデータを得るために, それぞれプロトコル実験及びアンケート調査を実施した.被験者となる科学者の選択に あたっては,後述の著者らが用意した複合領域的なテーマにある程度興味を持って研究 できると思われる,現役の科学者3を選択した.また多様なデータを得るために,各人の研究履歴にできるだけ 多様性を持たせるように配慮し,実験系心理学,知能情報学,神経科学などを専門と する12名の研究者4を被験者とした.

2.1.2 「問題の定式化プロセス」に関する実験

分析の対象となる「問題の定式化」のプロセスとは,「漠然とした問題をいかに自分 なりの解決し得る問題に組み立てていくか」というプロセスであるが,本研究ではそれ を「与えられた漠然としたテーマをどのように捉えなおして自分なりの研究に組み立て るか」という研究課題の具体化のプロセスとして抽出した.

プロトコル実験を行うにあたり,我々の実験の意図はできるだけ明らかにせず,単に 「科学者がいかに曖昧なテーマを具体的な研究課題へ発展させるかを調べている」と だけ述べた.被験者が取り組むべきテーマとしては,複合領域的な問題であり多様な 視点から研究対象として考察することのできる 「カクテルパーティ効果」zw5という認知現象を 採用した.そして,当該テーマについての説明文を被験者に提示すると同時に研究の プロポーザル6を書くための用紙を渡し,最終的にはこのテーマに 関連した研究について当該プロポーザルを書くつもりで考え,まとめるように 指示した7.その際,被験者が考えたことは 全て発話してもらい,これをテープに録音した.

被験者に提示した具体的な説明文は以下の通りである.

カクテルパーティ効果の説明文8

騒がしいパーティなどにおける多数の会話の渦の中で,自分の話相手以外の人の話の中 から,自分の名前など何か特徴的な単語などが突然聞こえてくるような現象.

実験中の注意点

我々の説明が終わったところで質問を受け付けた.但し,被験者が組み立てる研究の 内容に関する質問や相談は一切受け付けなかった.さらに被験者全員に,この実験中で 発話してもらった内容をまとめてもらうために,テーマ提示後およそ1週間以内に プロポーザルを書くように求めた.

2.1.3 「研究履歴」に関するアンケート

被験者の「研究履歴」については,第2.1.2節の実験の後に別の形で, 質問紙を利用した調査を行った.そこで利用した質問項目は次の通りである.


研究履歴の調査用紙における質問項目

Q1
氏名
Q2
大学・大学院時代での専攻
Q3
大学卒業から現在までの専門領域,所属学会と論文投稿の有無,留学経験 9
Q4
自分の専門分野以外で興味のある分野
Q5
最近の研究のうち,特に満足のいったと思われる研究 (3つ以上) について,
Q6
研究として本格的に利用したことのある研究手続き
Q7
今後研究課題として取り上げたいと思っていること


表: 分類の枠組
レベル1 レベル2 レベル3 レベル4 内    容
1 その他 (後述の2-5に該当しないもの)
2 与えられたテーマに関する既存知識
2.1 テーマに関する知識の深さに関する認識
2.2 テーマに関連した先行研究の想起
2.3 テーマに関連した現象が生じる状況の想定
3 研究方針の設定
3.1 研究の大枠の設定
3.2 研究目的の設定
3.2.1 因果メカニズムの解明・構築という目的設定
3.2.2 因果関係における要因の発見という目的設定
3.2.3 因果関係の検証という目的設定
3.3 研究手続きの設定
3.3.1 資料調査の必要性の認識
3.3.2 実験手続きの設定
3.3.2.1 フィールド調査の設定
3.3.2.2 心理統制実験の設定
3.3.2.3 計算モデル構築・シミュレーションの設定
3.3.2.4 物理測定実験 (fMRI, PETなどの機器を利用した実験) の設定
4 追究すべき具体的な因果関係の設定
5 追究すべき具体的な因果メカニズムの設定
5.1 認知的メカニズムの設定
5.2 計算論的メカニズムの設定
5.3 神経科学的メカニズムの設定
5.4 臨床心理学的メカニズムの設定

2.2 分析手続き

第2.1節において採取できるデータは,プロトコル実験で得られた問題の定式化の データと,アンケート調査で得られた科学者の研究履歴のデータである.さらに,問題 の定式化のデータは,プロトコルである問題の定式化プロセスデータと,プロポーザル である問題の定式化の結果としてのデータから成る.このうち,プロトコルデータは, 問題の定式化プロセスの詳細な過程を示すものとして,本稿における分析の中心的な 対象である10.プロトコルデータは第2.3節で示す「分類の枠組み」に よって分類 (コード化) され,各被験者による問題の定式化プロセスの骨組みが理解 しやすいように体系化されるが,その結果については第3節で述べる.また,研究履歴 のアンケート結果については,第3節及び第4節で示す.最終的には,第2.1節の実験・ アンケートによって得られた2種類のデータ (問題の定式化プロセスに関する プロトコルデータと科学者の研究履歴のデータ) を比較し,その対応関係を 調べることが研究手順であるが,その結果については第4節で述べる.

2.3 「分類の枠組み」について

図: 各グループの問題の定式化プロセス


表: 問題の定式化プロセスのタイプ分類
グループ 被験者 ユニットの変化 問題の定式化プロセスの特徴
1 F, G, H 3.2.1
→5系統
→3.3.2.3
認知メカニズムの解明・構築を 目的とし (3.2.1), その様々な具体例 (5系統) をシミュレーション (3.3.2.3) を ベースとして考える.
2 A, B 3.2.1
→5系統
→4
→3.2.3
→3.3.2.2
認知メカニズムの解明を目的とし (3.2.1), その具体例 (5系統) を特定して,その メカニズムからある因果関係を導き出し (4→3.2.3), それを心理統制実験によって 検証する (3.3.2.2).
3 C, L 3.2.2
→3.3.2.1
→4
→3.2.1
現象の発生に影響する 未知の要因の発見を目的とし (3.2.2), まずフィールド調査 (3.3.2.1) の実施を 考える.さらに,そこで発見される要因を利用して (4), 定性的なモデルを 構築しようとする (3.2.1).
4 J, K 3.2.1
→5系統
→3.2.2
→3.3.2.2+3.3.2.4
認知メカニズムの解明を目的とし (3.2.1), その具体例 (5系統) を考える.考えた メカニズムと関連する脳の部位の発見を目的とし (3.2.2), 心理統制実験 (3.3.2.2) や物理測定実験 (3.3.2.4) の実施を考える.
5 D, E, I 問題の定式化が未完成のまま終了.


表: 各グループの「研究領域」
グループ 被験者 専門領域 所属するジャーナル共同体
1 F 実験系心理学,知能情報学,知能機械学,計算機科学 日本認知科学会, 人工知能学会,日本ソフトウェア科学会,日本ロボット学会,電子情報通信学会, Cognitive Science Society
G 知能情報学 電子情報通信学会,日本神経回路学会,人工知能学会
H 計算機科学 なし
2 A 実験系心理学,知能情報学 日本認知科学会,Cognitive Science Society
B 実験系心理学,神経科学一般 日本心理学会,日本基礎心理学会, 日本認知科学会,Association for Research in Vision and Ophthalmology
3 C 実験系心理学,知能情報学 日本記号学会,表現学会,日本リスク研究学会, 日本心理学会
L 実験系心理学,精神神経科学 日本精神神経学会
4 J 実験系心理学,神経科学一般 日本心理学会,日本動物心理学会,日本神経科学学会
K 神経・筋肉生理学 日本神経科学学会,日本生理学会, Society for Neuroscience,計測自動制御学会

「分類の枠組み」とは,プロトコルデータから被験者による問題の定式化プロセスの 骨組みを抜き出し,それによって科学者の定式化プロセスのタイプ分けをするための 指標である. 本研究で用いた「分類の枠組み」は,被験者のプロトコルデータを参照することで, 科学者による問題の定式化プロセスをタイプ分けする上で最小限必要となる様々な特徴 をデータに忠実に抽出していくことを目的として作成した.この「分類の枠組み」は, 実験によってプロトコルデータが新たに加わるごとに更新され,最終的には,大分類 で6項目,小分類で55個のコードから構成され,さらに10個のコーディングルール (プロトコル中の発話文を各コードに割り当てるためのルール) を持つものとなった. この「分類の枠組み」におけるコードのうち,後の分析において特に必要となった主な コードを表1に示す11

プロトコルデータは,句点 (。) で切れる意味のあるまとまりごとに,または長い沈黙 があるごとに区切った.区切られた各々をユニットと呼ぶことにする.そして 各ユニットが「分類の枠組み」のどのコードに当てはまるかを分析した.

「分類の枠組み」は,曖昧な口語データを体系的に分析するためのものなので, 分類指標として十分な客観性を持っている必要がある.本研究ではこの客観性を示す ために,独立した2人のコーダ12による評定者間一致率を検討した.その結果, 各ユニットにおける第一著者のコーディングに対するもう1人のコーダによる コーディングの一致率は約73.0%であった.従って,この「分類の枠組み」はある程度 の客観性を有していると考えられる.

表: 最近の研究における「研究目的」
グループ 被験者 研究目的
1 F
1:
あるメカニズム (乳児の空間認知メカニズム) の解明
2:
あるメカニズム (人間との柔軟なインタラクションを持つロボット) の構築
3:
あるメカニズム (空間的関係を獲得するアルゴリズム) の構築
4:
あるメカニズム (自然言語対話システム) の構築
5:
あるメカニズム (注意機構を用いたロボット) の構築
G
1:
あるメカニズム (統計データからのベイジアンネットを学習する シミュレータ) の構築
2:
あるメカニズム (Jeffrey's priorを用いた神経回路網) の構築
3:
あるメカニズム (統計データからベイジアンネットを学習することが 可能なアルゴリズム) の構築
H
1:
あるメカニズム (人の空間認知発達の計算モデル) の構築
2:
あるメカニズム (学習タスクに応じ入力属性を選択する機能を持つ 強化学習法) の構築
3:
あるメカニズム (注意属性の選択と例外事例の学習の間のジレンマを 解決する機構) の構築

2 A
1:
ある要因 (ゴールと既有知識) のあるメカニズム (問題解決 状況下における類似性判断) に対する影響の解明
2:
ある要因 (抽象化) のあるメカニズム (類推・転移) に 対する影響の解明

B
1:
ある機能 (両眼立体視) の存在を検証
2:
ある要因 (経験) の あるメカニズム (両眼立体視) に対する影響の解明
3:
ある要因 (遮蔽拘束条件) のある機能 (面の知覚) への影響の解明

3 C
1:
あるメカニズム(比喩構成語と意味構造の関係) の記述と解明
2:
あるメカニズム(日常生活における記憶行動)の理論モデルの構築
3:
あるメカニズム(日常生活におけるリスク状況下での意思決定の 個人差の関係) の記述と解明

L
1:
あるメカニズム(精神分裂病の認知障害) の記述と解明
2:
あるメカニズム(自我現象のメカニズム)の整理
3:
あるメカニズム(妄想の発生のメカニズム) の記述と解明

4 J
1
: ある脳機能(前頭野が選択的注意に関係していること) の検証

K
1:
ある脳機能(小脳スパイクの働き) の検証
2:
ある脳機能(運動学習の時間遅れの許容時間) の検証
3:
ある理論(プリズム適応が運動学習であるという理論)の検証



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日本認知科学会論文誌『認知科学』