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: 参考文献 : 幼児の「空間関係の永続性」の認識とその利用 : 3. 結    果


4. 考    察

本研究は,周辺の目印を基にターゲットを探す課題を通し,幼児の物体間の空間関係の 認識とその認識をターゲットの探索に利用する能力を明らかにした.特に3歳児の 「空間関係の永続性」の認識とその制約が明瞭に示された.

4.1 目印-ターゲットの空間関係の認識における3歳児の有能さ

ある箱の中におもちゃが隠され,後におもちゃの入っている箱をその隣にあった目印を 基にして探すことを求められた場合,2-3歳でターゲットとその周辺の物体を適切に 関連づけ,それを目印としてターゲットの位置を探せるようになることが先行研究に よって知られている (DeLoache, 1983; DeLoache & Brown, 1983).今回の結果はそれ を追認し,3歳児は現在見えている目印の位置からターゲットの位置を探し当てること ができることを明らかにした.

一方,上記のようにターゲットと目印の位置が一致しておらず,ターゲットと目印の 位置関係もターゲット探索の際に考慮に入れることが求められる場合,先行研究による と6・7歳にならなければ目印-ターゲット間の位置関係を記憶し,ターゲットの探索に 利用することはできないとされてきた (Goldsmith, 1979; Lasky et al., 1980; Spelke & Hermer, 1996).しかし,物体間の空間関係情報を使うことに焦点をあてた 本実験の結果では,ターゲットと目印の位置関係を考慮に入れることが求められる状況 であるにも関わらず,3歳でも適切に目印とターゲットの空間関係を記憶し, ターゲットの探索に利用しうることが新たに示された.

4.2 空間関係情報の利用を制限する要因1 -「検索の開始」の問題

ただし,このような能力によってターゲットの探索をするにはいくつかの過程があり, その過程を経なければ完全な空間探索ができないことも,本研究が新たに示したことで ある.それに関してまず第1に注目すべき点は,本実験においてFar-90度条件の 正答率 (18%)のみがチャンスレベルを下回っている点である.この結果については, いくつかの解釈が可能である.

4.2.1 Far-90度条件の低成績の解釈

まず,探索時に直接目印が見える条件よりも見えない条件の正答率が低いことに関して は,単純な理由として直接目印が見えない条件の場合,探索時にターゲットが自分から 離れた位置にあるために反応がしにくいということが考えられる.事実,本実験の予備 実験において何も物を隠さないで箱の選択を求めた際には,手前の箱のうちのどちらか を選ぶ傾向が見られた.そのことから考えても被験児から近い場所にある箱に対しては 正答率が高く,遠いと正答率が低くなるということはありうる.しかしその場合, 被験児から遠いところにあるターゲットの誤答は手前のどちらかの箱でなければ ならないのだが,例えばFar-90度条件の誤答の71%は元の位置に対する反応,つまり 被験児から見て向こう側の箱に対する反応であった.この結果は,本実験において ターゲットに対するアクセスのしやすさは問題になっていなかったことを示す.

また,Far条件の場合,おもちゃを隠す際に隠し場所が向こう側にあるので,隠した 位置自体の符号化があいまいとなり,その結果として正答率が低くなった可能性も あるかもしれない.しかし前述のようにFar-90度条件における大半の誤答は元の位置に 対する探索であったことから,このような可能性もまたありえない.

このように考えると,Far-90度条件の低成績は,単に探索時にターゲットが遠くに あったために正答率が低くなったのではなく,本実験で設定した目印の効果,すなわち 直接目印が探索時に見えないことによるものと考えられる.よってFar-90度条件の結果 だけから考えると,3歳児は探索時に見えている間接目印を使い,空間関係情報を適切 に記憶から検索することができないと結論づけられる.

4.2.2 Far-90度条件とNear-270度条件の矛盾

ところがこの結論で問題となるのは,Far-90度条件と探索時の空間的な配置がまったく 同じであるNear-270度条件での正答率は53%であり,Far-90度条件より有意に正答率が 高く,またチャンスレベルよりも有意に正答していたということである.

この2つの条件は,探索時に間接目印しか見えず,正答するためには間接目印から ターゲットの位置を推測しなければならないという点,また元のターゲットの位置から 90度角度が異なるという点でも共通している.両条件の共通事項から考えると, Far-90度条件の結果のみに基づいて得られた結論とは逆に,Far-90度条件での低成績は 間接目印とターゲットの関係を記憶から検索する能力の問題ではないことは明らかで ある.もし記憶検索能力の問題であるのならば,両条件での記憶検索時の空間配置は 同じなのであるから,間接目印を見てすぐに空間関係情報にアクセスし,両条件間で 同等の正答率を出すはずである.

この2つの条件の結果の相違の原因を調べるには,両条件間で何が異なっているのかを 考える必要がある.この両条件の大きな相違点は,おもちゃを隠すときに直接目印が 見えているか否かである.すなわち,Far-90度条件が一貫して間接目印しか見えず, 知覚的な変化の幅が少ないのに対して,Near-270度条件では,隠した時に直接目印が 見えたのが探索時には見えず,知覚的な変化の幅が大きかった.同じ空間配置を 与えられたとしても知覚的な変化の幅によって空間的な変化の認識に違いが生じ, 結果としてパフォーマンスに影響を与えるということはありうるだろう.今回の実験の 場合,Near-270度条件では変化の幅が大きかったためターゲットの空間的な位置の変化 を感知することができ,結果として間接目印を利用した探索が可能であったのに 対して,Far-90度条件では変化の幅が小さく,ターゲットの空間的な位置の変化を 感知できなかったために元の位置に反応したと解釈することができる.

このような結果の解釈から,以下のように結論付けられる.DeLoache (1983) は, 目印とターゲットの間の関係を適切に符号化する能力があっても,その後の検索をする 能力がなく,その結果ターゲットを適切に探索できない場合があることを示した. それに対して本実験の結果は,目印とターゲットの間の関係を適切に符号化し,かつ 検索する能力があってもターゲットを探索することができないという状況があることを 示した.これは,目印とターゲットの間の空間関係を符号化する段階とその空間関係 情報を記憶から検索する段階以外にも,1つの段階を設定する必要があることを示す. その段階とは,記憶からの検索を開始するかどうかを決める段階である.そしてその 「検索の開始」がなされるかどうかを決めるのが,上述の「空間的な変化の知覚」では ないかと考えられる.

4.3 空間関係情報の利用を制限する要因2 - 目印の使い分け

これまでの考察は,3歳児がターゲットと特定の一目印との空間関係を認識し, 利用し得るかに関しておこなわれたものであるが,もう1つ,ターゲットと目印の 位置関係の認識を考える上で検討すべき問題は,「目印として想定された物体とその 周辺にあるその他の物体との関係を幼児がいかに認識しているか」についてである. この問題は,本実験で明らかになった3歳児の空間関係情報の利用を制限する第2の要因 と関連する.なぜなら本実験の結果は,ターゲットと目印の空間関係を適切に記憶し, それをターゲットの探索に利用し得る3歳児も,目印間の弁別には手間取ることを 明らかにしたからである.

4.3.1 誤答パターンの解釈

目印間の弁別に関する分析は,直接目印を間接目印と間違える反応はほとんど 見られない一方で,間接目印を直接目印と間違えたと仮定し得る反応をする傾向は Near条件に限り高いことを明らかにした.このように,手前に隠されるのを見た Near条件において手前にある箱に反応してしまう誤答は,元の位置への固執を反映した 誤答であるといえる.元の位置に似たような隠し場所があると自己中心的な 反応 (つまり移動がなければ正答であるはずの位置への反応) が生じ易いことは 多くの研究で指摘されている (e.g. Bremner, 1978; Lasky et al.,1980; Sophian, 1984).本研究においてFar-90度条件に次いでNear-180度条件の正答率が 低く,両条件間に有意差が見られない程であったのも,ターゲットを隠す時と探す時の 位置配置が類似している場合に誘発される行動パターンを反映したものであると いえる.なぜならNear-180度条件における回転前と回転後の配置は目印の位置が相互に 入れ替わっただけであり,最もこのような誤反応が生じ易いと予想される空間配置で あるからである.

ただし,Near-270度条件において単純に元の位置に反応したのではなく,その隣の, 間接目印が置いてある箱に反応したことは注目に値する.なぜならこのNear-270度条件 の結果は子どもが目印の存在を無視し,自己中心的な反応をしているわけではないこと を示し,またこのように目印の属性をあいまいにしか記憶し得なかった場合にも, 何らかの目印があったという認識を基に目印がある方の箱に反応し得ることを明らかに しているからである.

4.3.2 経験の効果の解釈

上記の誤答パターン分析は,Near-180度・Near-270度条件において目印間の弁別が困難 であることを示したが,その一方で経験の効果を調べた分析は,Near-270度条件に おいて前半にその条件を受けた群より後半に受けた群の方が正答率は高い傾向が あることを明らかにした.Near-180度条件では有意差には到らなかったものの,前半群 の正答率が25%であるのに対して後半群が67

両条件とも5%の有意水準には到らない程度の差であるので,解釈には注意を要する. しかしFar-90度条件と比較してみると,この経験の効果は興味深い.なぜなら,最終的 な正答率ではFar-90度条件とFar-180度・270度条件には違いがあり,特にNear-270度 条件と比べると統計的に有意な差さえみられるにも関わらず(図3参照),あまり試行 経験を積んでいない段階,すなわち前半に受けた群間で正答率の比較をすると,正答率 に差が見られないからである (表1参照).

このことから,以下のような解釈をすることができる.Near-180度・Near-270度条件 ではテストフェイズを数試行受けさえすれば正答率が上昇したことから考えると, 3歳児の空間認識において目印間の弁別は自発的に学習し得るものであり,さほど 大きな障害ではない可能性がある.一方Far-90度条件では何試行も経たことによる 経験の効果が見られず,後半群の方がむしろ成績が悪かった.つまりFar-90度条件の 誤答パターンは何試行かの経験によって改善されるものではなく,ここでも 上記の2条件の誤答パターンとは質的に差があることが証明されたといえよう.

4.4 今後の展望

本研究は,自己の移動や時間の経過に関わらず,ターゲットとその周辺の物体との 位置関係は安定していることについての認識,つまり「空間関係の永続性」の認識に 焦点をあて,3歳児を対象にした実験をおこなったが,本実験では取り上げなかった いくつかの問題があり,今後の解明が待たれる.以下にそれらの問題を取り上げる.

まず第1の問題は,方向感覚の欠如の問題である.Spelke & Hermer (1996) は 方向感覚の有無,すなわち自分自身が「今どちらの方向を向いているのかわからない」 状態であるかないかによって乳児の空間探索の方略は異なることを主張している. 本実験はSpelke & Hermer (1996) の研究と「目印とターゲットの位置関係を 見失った」状態である点は共通しているが,自分自身は動いていないため自己の 方向感覚を失った状態ではない点で異なる.よって自己の方向感覚を失った状態で, かつ本実験のように左右判断が入らないように課題設定をした場合,結果はどうなるか 検討する必要があろう.

第2の問題は,目印となる対象の問題である.本研究で用いられた目印は子どもでも 自由に動かせるような2つのぬいぐるみであった.しかしこれが普段あまり動かさない ような物,例えば机であったらどうであっただろうか.実際,このような目印の 「不動性」が幼児の空間認知に影響を与えることを示した研究も見られる (藤本, 1994).本研究では目印に「可動性」があることによる成績の低下があったとは 考えにくいが,より年少児を対象にする場合,そのような効果が見られる可能性が ある.今後の研究において,「不動性」のある目印を用い,本研究と同様の実験を 年少児に対してもおこなう必要があるかもしれない.

その他,実際の状況では本研究では扱っていない様々な要因が関与していると考えられ る.事実,本実験と同じような目的で実験をおこなったLasky et al. (1980) の結果と 本研究の結果が異なることは前述の通り (1.3節参照) であるし,本研究と異なる デザインの空間探索課題を用いた研究の中には,7歳より年少の子どもは空間関係情報 を利用した探索ができないと指摘しているものもある (Overman, Pate, Moore & Peuster, 1996).このことからも,本研究で空間関係情報 を利用できた3歳児がいかなる状況の,いかなる空間関係情報でも利用し得るわけでは ないのは明らかである.

それでは,本研究の意義はどこにあるのであろうか.単純な空間関係であれば3歳児に もその空間関係情報を利用し得ることを示したのはそれ自体意味のあることであろう. しかしそれ以上に重要なのは,本実験が空間関係情報の利用を制限するいくつかの要因 を示し得たことであるといえよう.このような制約がかなり限定された年齢と状況で のみ見出し得るものなのか,それとも普遍的に見出し得るものなのかは本研究だけでは 明言できない.しかし,このような方向からの研究を積み重ねることが,空間関係の 認識の発達過程を体系化する手がかりになると思われる.

本実験の実施に当たり,協力して下さった白子保育所・島田保育園・鈴の音保育園・ 第二蒲田保育園の先生方と園児の皆様,指導して下さった慶応義塾大学文学部 波多野誼余夫教授に記して感謝致します.


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日本認知科学会論文誌『認知科学』