幼児は自分にとって重要な物の場所をいかに覚えているだろうか.またその場所を 見失った時にいかにして探し出すだろうか.物探しは生涯を通じておこなわれる日常的 な行動である.またそのように日常的でありながら,“探索者”の物体や空間の概念を 明確に反映するものであるために,見えない物を探す行動についてはこれまで多くの 研究がなされてきた (for reviews, see Wellman & Somerville, 1982).
そのような物探しに関わる認識の中でも,物体間の位置関係の認識は正確な位置の同定 をするためには不可欠な認識である.例えば,ある物をどこに置いたか忘れてしまった 時,確かに自己の移動感覚(自分がどのように移動してきたか)やそれを最後に見た場所 を思い出すことによっても大体の位置を同定することはできるであろう.しかし置き 忘れた場所をさらに正確に同定したい場合には,その周辺に何があったか,周辺の物体 の位置関係の記憶を利用することが求められる.
物体の位置を正確に同定するためには,そのようなターゲットの周りの目印を,原則と して3つ必要とするといわれている (Huttenlocher & Newcombe, 1984; Huttenlocher & Presson, 1979).自己参照系(自分から見た右-左など)や記憶の 中の環境情報などで補うことにより,目の前に必要とされる目印は2つになったり, 1つになったりするが (Huttenlocher & Presson, 1979),いずれにせよ移動する人間 にとって,自己の移動と独立した,固定した目印を利用するのが必要であることは 明らかである (Huttenlocher & Newcombe, 1984).
ただしこのように固定した目印を利用して空間探索をするには,その前提として自己の 移動や時間の経過に関わらず,ターゲットとその周辺の物体との空間関係は安定して いることに気づいていなければならない.Piaget (1954) は,このような物体間の関係 に関する概念は物の永続性の認識に深く関係し,物の永続性の認識の延長線上,もしく は同時進行で発達するとしている.物体間の安定的な関係の認識は,物の永続性の認識 の一部と見てよいかもしれないが,今回の研究では特に物体間の位置関係に注目し, その相対的な位置関係を安定的に捉え,空間探索に利用する能力に焦点をあてるため, これを「空間関係の永続性 (permanence of spatial relations)」の認識として別個に 取り扱う.そしてそのような「空間関係の永続性」の認識を基にして3歳児が物体の 位置関係を推測する能力を検討することが本研究の目的である.
しかし本研究の焦点である3歳児の「空間関係の永続性」の認識とその利用の話に入る 前に,まずその段階に到るまでの乳幼児がいかに物と物の関係を捉えているのかを把握 しておく必要があるだろう.上述の通り,物体間の関係についての認識はある時突然に 生じるわけではなく,物の永続性の認識の延長線上,もしくは同時進行で発達してくる ものであるからである.
よって本章では,まず3歳以前の「空間関係の永続性」の認識はどのようなものかを 示すため,いくつかの先行研究を取り上げる.さらに,本研究で焦点をあてる「空間 関係の永続性」の認識がそれ以前の認識とどのように異なるのかを示すことによって, 本研究が焦点とする問題がどのようなものかを明らかにしていきたい.
まず問題になるのは,物体間の位置関係の永続性について子どもがいつ頃から注目し 始めるのかという点である.はいはいができず,自己の位置も変わらない6ヶ月くらい まではこの認識は特に重要でないと考えられる.なぜなら自己の位置が変化していない 場合,大体のターゲットの方向は自己の位置を基準とした方向感覚によって見当づける ことが可能だからである.
しかし7ヶ月から10ヶ月の間にはいはいをするようになり,10ヶ月から14ヶ月の間に 歩くようになるにつれ,自分の位置を基準にした方向感覚によって物体の位置の判断を おこなうのは有効でなくなってくる.その結果,それまでの自己の位置を基準にした 反応 (自己中心的反応) から,周りの物体に着目し,移動による自己と環境の位置関係 の変化を考慮した反応に移行する必要が生じてくる (Huttenlocher & Newcombe, 1984).Acredolo (1988) はこのような生後7-10ヶ月頃における移動能力の始まりと 目印利用能力の発達を関連付け,空間関係の認識について次のような発達段階を 提示している.すなわち,乳児は生後9ヶ月頃にターゲットの周りにある目印を基に 正しい反応をすることができるようになるが,それは目印に向けた何らかの行為と ターゲットの出現との単純な連合学習によるものであり,目印-ターゲット間の 空間関係を考慮したものではない.それが移動能力の発達に伴って空間関係に対する 注目度が高まり,同じように目印を利用してターゲットを探すにしても目印と ターゲットの間の空間関係を記憶に保持し,検索することによってターゲットの位置を 同定し得るようになる.
乳児を対象にした研究は,物体間の空間関係の認識が移動能力の発達に伴って発達し, 1歳過ぎには安定した認識として空間探索にも使いうることを示した.しかし,この 研究結果だけで1歳過ぎの子どもが大人と同様の物体間の空間関係の認識を持っている ということは,以下に示す2つの理由からできない.
まず第1の理由は,上記の乳児研究においては自己の移動感覚やターゲットを注視し 続けるなどの方略がターゲット探索能力を高めた可能性があるため,乳児の ターゲット-目印間関係の認識がどの程度探索に関係したのかはっきりしないからで ある.ターゲット周辺の物体(目印)がどのように記憶され,空間探索に利用されるのか に焦点をあてて検討するためには,むしろ自己の移動感覚やターゲットへの注視と いった方略が直接作用しない状況で子どもの探索能力を調べることが求められる.
次に第2の理由は,確かに幼児期初めにはある程度安定した空間関係の認識がなされる ようになったとしても,目印がどのようなものであるのか,またターゲットと目印が 空間的にどれだけ離れているのかによってその認識を使える程度が異なるからである.
その問題に関してDeLoache (1983) は,2歳前後の子どもを対象に,いくつかの容器の 1つに物を隠し,それぞれの容器の蓋に貼ってある写真を目印としてそれを探し出す 課題をおこなった.そこでは,自己の方向感覚に関わりなく目印のみに頼った探索が できるかどうかを検討するため,1 20D 目印のみに頼った探索が求められる条件, すなわちターゲットを隠した後で,被験児の知らぬ間に容器の置き場所を変える 条件と 2 20D 自己の方向感覚も目印も利用できる条件,すなわちターゲットの位置 を変えない条件を設定した.その結果,ターゲットの置き場所を変えなければ目印情報 を有効に使って探索することができるにも関わらず,置き場所を知らぬ間に変えて しまうと自発的に目印を探してターゲットの位置を当てるということが難しかった. このことから,DeLoache (1983) は2歳児において目印を適切に利用し得ないのは 符号化の段階の問題ではなく,ターゲット-目印間の空間関係情報を記憶から検索し, それによってターゲットを探す段階の問題であるとした.
その解釈の上でDeLoacheは,幼児期初めに自己の動きに伴って自己と空間の位置関係を 更新することが可能になり,物体間の空間関係の永続性に対する認識が生まれた後にも さらなる課題があることを示した.その課題とはターゲットの周辺の空間関係情報を 自発的に検索し,ターゲット探索に利用する能力である.ターゲットと目印の関係が 自然なものであったら,そのような能力は2歳かあるいはそれ以前の子どもにも 見られる (DeLoache & Brown, 1983).ターゲットと目印の結びつきが任意の場合 でも,状況によっては2歳で目印を利用したターゲット探索は可能で あるが (Blair, Perlmutter, & Myers,1978; Perlmutter, Hazen, Mitchell, Grady, Cavanaugh, & Flook, 1981),そのような探索をどの程度自発的になし得るかに 関して年齢差があり,2歳児は3歳児に比べて目印を利用した探索を自発的におこなう 能力が低かった (Perlmutter et al., 1981).よって,任意のターゲット-目印間の 関係を利用し,安定した探索が可能になるのは3歳頃からであるといえる.
このように上記の研究を見る限り,2-3歳頃にターゲットと任意の目印との間の 空間関係情報を自発的に検索し,ターゲット探索に利用する能力が現われると 考えられる (DeLoache & Brown, 1983).このことは,2-3歳の子どもがそれ以前に 比べて空間関係情報をより抽象的に取り扱うことができ,物体間の関係の認識としても より高度なものを持っていることを示す.
ただし,これだけではまだ完全に物体間の永続性の認識を持っているとはいえない. なぜならば,前節で取り上げた研究ではいずれも目印とターゲットの位置が非常に 近いか,一致している場合に限られていたからである.そこで問題となっていたのは, 局所的なターゲット-目印の関係のみであり,被験児はその目印とターゲットが 結びついているということだけを認識し,ターゲット探索に利用すればよかった. よって先ほどの一連の研究は,ターゲット-目印間の位置関係の認識に関しては 取り扱っておらず,またその認識を物の探索に利用し得るかに関しても明らかにして いない.
Lasky, Romano, & Wenters (1980) の実験5はそうした問題に関連し,以下のような 実験をおこなっている.すなわち,3歳から10歳までの子どもを対象に, 1 20D 目印 (顔の絵) の左右に設置した2つの隠し場所の1つに物を隠し, 2 20D 隠し場所を設置したテーブルを被験児から見えないようにした上でテーブル ごと回転し,ターゲットの位置をわからないようにして, 3 20D 目印の位置から隠した物の位置を推測する課題をおこなわせた. その結果,3歳児にはまったくできず,7歳くらいになってようやく可能であった.
同様の問題意識で,自己の向いている方向を見失った状況でいかに目印を利用して ターゲットの位置を把握しうるかを調べた研究もいくつかある. Goldsmith (1979) は,目印のない2つの壁と2つの異なる色 (赤と青) の壁で 構成された正方形の部屋を用い,ターゲットの隠し場所として4つの容器を, 壁に接するようにして四方の壁の真ん中に設置した.子どもは容器のうちの1つに おもちゃが隠されるのを眺め,その後部屋の中央で何度も回転し,どちらを向いて いるかわからなくなった状態で壁の色を目印にし,おもちゃを探すことを求められた. ここで問題となるのは,目印のない壁の前に設置された隠し場所をいかに符号化するか である.ここでは目印がない壁が2つあるので,それらを弁別するためにはターゲット から離れた位置にある色付きの壁を目印とし,例えば「青い壁の右」といった符号化を しなければならなかった.
Spelke & Hermer (1996) も,3・6歳児を対象に同様の実験をおこなっているが,2つ の研究の結果はいずれもターゲットから離れた位置にある目印の位置関係を利用した 空間探索が3歳児には完全に不可能であり,6・7歳でようやく可能になることを示した.
以上の結果から考えると,テーブルを回転させるか自分自身が回転するかに関わらず, 自己と空間との位置関係が変化した場合に目印を基にターゲットを探すのはかなり 難しく,7歳程度にならなければ不可能であると結論づけられるかもしれない. しかし,これらの先行研究からすぐにそのような結論に達するには問題がある. なぜなら,先に挙げたLasky et al. (1980), Goldsmith (1979), Spelke & Hermer (1996) におけるターゲットと目印の空間関係はいずれも左右関係であったため, 幼児の位置関係情報の利用能力を過小評価している可能性があるからである.
左右を弁別するのは年齢を問わず難しいというのは,これまでのいくつかの研究に よって示されている (e.g. Corballis & Beale, 1976; Harris,1972; Maki, Maki, & Marsh, 1977; Rudell & Teuber, 1963).また自分の現地点から見た 左右関係ばかりでなく,他地点から見た時にその左右関係はどうなるかを推測する ような場合にも,同様に困難であることは多くの研究によって示されて いる (e.g. Franklin & Tversky, 1990; Maki & Marek, 1997).よって, 上述の研究において目印とターゲットの位置関係を基にした探索が困難であったのは, 目印-ターゲット間の空間関係情報自体を使えないからではなく,左右関係の認識の 曖昧さの問題であったかもしれない.たとえ同じように目印とターゲットの場所が 離れており,目印-ターゲット間の空間関係情報を使うことを求められる状況でも, 左右関係以外の空間関係情報を利用し得る状況では結果が異なる可能性も考えられる.
例えば,目印とターゲットが「向かい合わせ」の位置関係にある場合はどうで あろうか.Blades & Spencer (1989)は,4つの箱の1つに隠された物を地図に基づいて 探す課題において,ターゲットを隠した箱が目印の 1 20D 隣, 2 20D 右,3 20D 左,4 20D 向かい側にあるという4つの条件 を設定し,目印とターゲットの位置関係の効果を調べた.その結果,ターゲットが目印 の隣にある場合が最も容易で,ついで「向かい合わせ」の関係にある場合,最後に左右 の位置関係にある場合が最も目印を利用し難かった.
Blades & Spencerはこの結果に対して以下のような考察をおこなっている. すなわち,選択肢となる箱が目印から等距離の地点に2つある場合,そのどちらで あったかを判断する手がかりは左右判断に限られ,その弁別は難しい.それに比べ, ターゲットの隣や向かい合わせに目印がある場合,目印との空間関係それ自体に特殊性 がある.またこの実験の場合目印からの距離関係にも特徴があり,目印がターゲットの 隣にある条件は目印から最も近い箱,目印がターゲットの向かい合わせにある条件は 目印から最も遠い箱を選べばよく,他の選択肢との弁別が容易であった.
Blades & Spencerの研究は地図を使った課題であるという点でこれまで挙げてきた 研究とは異なる.しかしこの研究結果は,目印とターゲットが離れた場所にあっても 左右以外の空間関係情報をも利用し得る状況では目印を利用したターゲット探索が容易 になる可能性があることを示している.そこで本研究では,Blades & Spencerの研究 と同様の「向かい合わせ」の関係を目印-ターゲットの空間関係として設定することに より1, 左右以外の目印-ターゲットの空間関係情報が利用し得る状況におき, 目印-ターゲット間の空間関係情報を利用する能力の始まりを吟味することを 目的とした.
さらにもう1つ,ターゲットと目印の位置関係の認識を考える上で検討すべき問題は, 目印として想定された物体とその周辺にあるその他の物体との関係である.ターゲット の周辺にある物体が1つだけということは通常あり得ない.また,今自分がいる地点 から目印として想定した目印が見えないという事態も考えられる.そのような場合 には,ターゲットとその周辺の物体の位置関係情報を状況に応じて使い分けることが 要求される.またそのように複数の目印を使い分けるには,その目印が「どういう 位置にあったか」を認識した上で,さらにその目印が「何であったか」も認識している 必要がある.しかし,そのような複数の目印の位置関係情報を幼児がいかに認識し, また状況に応じていかにそれを使い分けるのかに関して,これまでの先行研究は特別に 焦点をあててこなかった.
本研究では,自己の移動や時間の経過に関わらず,ターゲットとその周辺の物体との 位置関係は安定していることの認識を「空間関係の永続性」の認識とし, 1 20D 3歳児がその認識を基に,現在の目印の位置からターゲットの位置を推測する 能力と,2 20D 目印間の弁別をし,状況によって目印を使い分ける能力を吟味する ことを目的とする.具体的には,4つの箱の1つに隠されたおもちゃを2つの目印を基に 探すことが求められるが,2つの目印のうちの1つはターゲット探索時に箱の陰に隠れて いて完全に見えないようになっている.よって課題を解決する際には,ターゲットとの 位置関係がそれぞれ異なる2つの目印を現在の状況に応じて使い分け,ターゲットの 位置の推論に利用することが求められる.この課題の遂行過程を吟味することに よって,幼児の空間関係に対する認識とその探索への利用の能力を検討する.