ゲーム・プレイヤのエクスパティーズ
コンピュータチェスの強さ予測について
小谷善行(東京農工大学工学部)

チェスの強さの測定
コンピュータチェスの強さはかなりよく測定されている。これにはレーティングシステムが用いられているからである。一定の強さのプレーヤーは十分多く対戦すると、レーティング値は、その強さを表す値に収束する。またプレーヤーの強さが変化すれば、それに追随する。すなわち、レーティングがaの人と、bの人が対戦したときに、
aの人が勝てば、

16 + (b − a)× 0.04 だけaの人の値を増やし、bの人の値を減らす

bの人が勝てば、

対称的に、16 + (a − b)× 0.04 だけbの人の値を増やし、aの人の値を減らす

とする。
レーティング値は人間の強さを表すものとして広く用いられている。コンピュータチェスも同様である。カスパロフは米国チェス連盟のレーティングで2900ほどの値である。

コンピュータチェスの強さの動向予測
年を経るごとのコンピュータチェスのレーティング値も調べられている(コンピュータチェス, サイエンス社)。これにより回帰分析で直線をあてはめ、外挿すれば未来予測が可能である。そうするとコンピュータチェスの強さは毎年レーティングを約50ずつ増やし、1994年に2911となると書かれている。このことは、1994年にはコンピュータチェスが人間(カスパロフ)より強くなる、という予測ができることを意味する。

現実
今年(1996年)ついにDeep Blueとカスパロフの対戦が行われた。結果はご存じのようにカスパロフの3勝1敗2引き分けであった。このことはカスパロフがより強いということを示すための統計的に有意な対戦数ではない。現時点ではどちらが強いと表明しないのが科学的に正しい態度であると思う。ただし、1994年から2年を経過しているので、上記の予測がはずれつつあると考えることもできる。

状況の推察
どういう状況が生じているのかを推察してみる。コンピュータが最近においてもどんどん強くなってきたというのは事実であると考えられる。またカスパロフが急に強くなったということはない。そうすると現時点でコンピュータのレーティングの方がカスパロフを超えているというのも事実になる。
このことは、ある意味で真実であると思っている。すなわち、事前の知識や学習をせずに対戦すればコンピュータが勝つということである。しかし現実はコンピュータが負けた。
ここで考え得るのは、飯田の研究している「相手モデル」を徹底的にカスパロフ側が分析したのではないかということである。これは対戦中の彼のインタビューに対する言動でも推し量れる。著者のコンピュータ将棋での経験をいえば、コンピュータ将棋を理解することにより飛車プラス角(二枚落)の差、レーティングでいうと数百の差の優位が得られることを実感している。

ひとつの相手モデル
カスパロフが以下のように考えているかどうかはわからないが、一つの相手モデルを示す(数値は個々のシステムによって異なる)。
コンピュータ側は虱潰しで、10弱の分岐係数で1000億局面をよむ。つまり15手先まで完璧によむとしよう。人間の分岐係数が1.5であるとすると、15手先までよむのに、数百局面よめばよい。これは可能である。さらにその数手先までよむことも人間はできるだろう。したがって15手先でコンピュータが有利であるにもかかわらず、その数手先でコンピュータが不利になるような手順を見つけだすことができる。その手をさせば、コンピュータはまんまとわなにかかってくることになる。

今後の予想
人間は数年チャンピオンを保持することは可能であろう。しかし人間の分岐係数が1より必ず大きい以上、いつかは負ける運命にある。しかし上の数値を仮定すれば、コンピュータが10倍弱速くなっても、それを人間に換算すれば1.5倍にしかならないということである。
コンピュータ上での人工知能の実現についての予測はことごとくネガティブな方向にはずれてきた。コンピュータチェスでもその歴史が続いてきた。これは人間の知能がかなり奥深い(もちろんトップレベルのものである)ということを示すのだろう。今後のコンピュータチェスの人間との対戦はそれを考えるにあたってたいへん意義深いことになる。

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