ゲーム・プレイヤのエクスパティーズ
プロ棋士の思考分析と人工知能:
独創性をもったコンピュータ・プレイヤを目指してゲーム・プレイヤのエクスパティーズ
飯田 弘之 (静岡大学情報学部) iida@cs.inf.shizuoka.ac.jp

[独創]模倣によらず、自分ひとりの考えで独特のものを作り出すこと。(広辞苑)
はじめに
人工知能の見地から、独創性は推論や学習と同じように、人間の高度な知的活動として非常に興味深い研究対象である。しかし、現段階では計算機上で実現できるほど独創性に関する研究は進歩していない[1]
これは一般論として独創性を論じることの難しさに起因していると思われる。

本稿では、完全情報二人零和ゲームで、かつ日本の伝統的ゲームである将棋を題材として、エキスパートプレイヤであるプロ棋士がどのように独創性を発揮するかについて論じる。特に、独創性を発揮する背景や動機などについて考察し、計算機上での実現に向けて定式化の可能性について検討する。

独創的な手と独創的な思考
ゲームプレイングにおける独創性を解明する手がかりのひとつとして、独創的な手と独創的な思考に関する分析がある。また、独創性を発揮する背景や動機に関する考察、そして、独創性によってもたらされる効果を検討することが重要である。

独創性を発揮する背景と動機

独創性を発揮する背景
プロ棋士は一般に見込みのある手だけを先読みの候補手としている。これは一般にゲームの種類に依存しない現象[2]で、たとえ簡単なゲームでも多くの場合、人間エキスパートは「感」を頼りにわずかな手だけを先読みする。別の言い方をすると、人間エキスパートは見込みのなさそうな手は検討しない。これは、一見して見込みのなさそうな手の集合の中に、実は非常に良い手がある可能性を示唆している。

上記の意味で、コンピュータチェスで主流となっているしらみつぶし探索型のプログラムには、独創性を発揮する余地は少ない。一方、コンピュータ将棋では、平均合法手の多さによってもたられる組合せ爆発の問題があるので、しらみつぶし探索型アプローチによる限界は明らかで、前向き枝刈り型の、あるいは、知識指向型のアプローチが主流となっている。それゆえ、将棋では人間だけでなくコンピュータにも独創性を発揮する可能性は多いにある。

独創性を発揮する動機
プロ棋士Xが独創的な手を生み出す動機について考えてみる。いまある局面で先手側が優勢と認識されていると仮定する。ところが、Xは後手側が優勢であるはずという特別な気持ちを持つことがある。このようにしてXは独創的な手を生み出す動機を持つのである。

また、別の動機として、自分の好きな戦法が不利になるような状況で、不利にならないように、できれば、有利になるような手(順)を見い出そうとすることである。
一方、対戦相手や状況に応じて、従来と異なる戦略の必要性に迫られることがある。つまり、独創的な思考の必要性に迫られる。例えば、大道将棋(いわゆる賭将棋の一種)のような特殊な状況の試合では、単に相手に勝つだけではなく、相手にあまり差がないと思わせるような勝ち方が求められたり、あるいは、複数回試合を行なうとすれば、何回かは相手に悟られないように故意に負けたりする必要性もあるだろう。この考え方は教育的な戦略としても応用可能でTU Search[6]として提案されている。また、劣勢であるか、あるいは、相手が弱いのでできるだけ早く勝とうとするような状況では、相手の裏をかくような独創的な思考が必要になる。この思考法はOM Search[4]として一般化されている。
さらに、ゲームプレイングに芸術性を見い出そうと、「名人に定跡なし」を信条とし、「新手一生」を求めて常に独創性を求めるプロ棋士もいる。独創的な手となり得る可能性を秘めた「新手」を用いることにはリスクが伴うので、このような動機で常に独創性を発揮しようとするプロ棋士は非常に少ない。

独創的な手とは
現在のプロ将棋界では、中原流と呼ばれる相掛かりにおける歩越しの飛車は、独創的な手として注目されている。このような例を鑑みた上で、果たしてどのように独創的な手を定義するのが妥当だろうか。独創的な手の条件として、
(1)これまでプロ棋士の目からみて良い手として認識されなかったこと、
そして、
(2)実際にはその手でかなりやれること、
をあげるのが妥当のように思われる。この定義に基づく定式化[5]が試みられている。

独創的な手を見いだす方法
プロ棋士が独創的な手を見いだす方法を、いくつかのタイプに分類して考察しよう。もちろん、各タイプの併用も考えられる。
第一の方法は、通常考えられる見込みある候補手だけでなく、さらに間口を広げて他の候補手をも先読みの候補手とするものである。この方法の根拠は、従来見込みある候補手とされていなかった手によってもたらされるであろう局面の進行の途中で、従来と異なる結果が存在することにある。ここで間口を広げるための方法として、共有探索[3]という手法がある。別の方法は、より深く先読みすることによって、ある候補手(見込みある候補手のひとつだが最適手と認識されない手)に対する評価が従来より一層高まることによってもたらされる。さらに別の方法として、評価関数の要素分割法[5]が知られている。

独創的な思考としての探索戦略
ゲームプレイングにおける思考とは、一般にゲーム木探索のことである。任意の深さに対する先読みに基づく評価によって、与えられた局面での最適手を決定する。
ミニマックス法あるいはαβ法などのバリエーションが最適な戦略として、人間だけでなくコンピュータにも長い間用いられてきた。相手プレイヤが自分と同じ実力であることを仮定するミニマックス戦略はリスクが常に最小である。一方、相手プレイヤに関する知識がある場合や劣勢であるためミニマックス法では逆転が望めないような状況では、OM Search[4]がひとつの独創的な戦略である。また、相手に悟られないように負けようとするためのTU Search[6]も独創的な戦略に属するだろう。
対戦相手や状況に応じて、従来と異なる戦略の必要性に迫られ、独創的な思考としての戦略が生み出されることに注意すべきだろう。また、戦略が異なっても着手が同じ場合もあることにも注意すべきである。実際、ミニマックス法、OM Search, TU Searchのいずれでも、同じ着手が最適手である場合がある。

独創性を発揮する効果とリスク
独創的な手は、少なくともそれに対する適切な対抗策が見つかるまで、かなりの成果をもたらす。かなりの時間を経てもなお優れていると認識される独創的な手は、独創的な手から常識的な手あるいは定跡に変更(昇格?)される。
一方、独創性を発揮しようとするが故に生じるミスに注目することは非常に重要である。相手がトッププロ棋士であればこそ生じるようなミスを予測した上での思索的プレイ(speculative play)も可能なのである[7]。

今後の課題
本稿で述べた研究については未知の部分が多い。ここで議論・考察したことの詳細な(実験的)考察が必要である。とりわけ、独創性の発揮によってもたらされる効果とリスクについて、実験を通して知見を深めることが重要であると思われる。
参考文献
[1]Dartnall, T. ed.: Artificial Intelligence and Creativity.Kluwer Academic Publishers. (1994).
[2]De Groot, A.D. (1965). Thought and Choice in Chess.Mouton, The Hague.
[3]飯田弘之, 小谷善行:エキスパートの思考をモデルとしたゲーム木探索の方式,情報処理学会論文誌, Vol. 33, No.11, pp. 1296--1305 (1992).
[4]Iida H., Uiterwijk J.W.H.M., Herik, H.J.v.d. and Herschberg, I.S.:Potential Applications of Opponent-Model Search Part 1. The domain of applicability,ICCA Journal, Vol. 16, No. 4, pp. 201--208, (1993).
[5]Iida, H., Matsubara, H. and Uiterwijk, J.W.H.M.:Towards an Inventive Search Strategy in Game Playing. Proceedings of The Board Game in Academia, pp. 144--151, CNWS, Liden University. (1995).
[6]Iida, H., Handa, K. and Uiterwijk, J.W.H.M.: Tutoring Starategy in Game Tree Search. ICCA Journal, Vol. 18, No. 4, pp. 191--204, (1995).
[7]Iida, H., Matsubara, H. and Okamoto. K.:Speculative Play From the Grandmaster's View. Proceedings of The Game Programing Workshop, pp. 157--166, Hakone. (1995).

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