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: 3. 実 験 2 : 外観表現とイメージ操作による三次元物体認知 : 1. はじめに


2. 実 験 1

前項で述べた二種類の形状比較モジュールの存在をさらに検証し, その特性を明らかにするために, 刺激形状の複雑さの違いが 呈示時間の異なる各条件に対してどのように影響するかを調べる. 三次元的変換は物体の三次元構造情報を保存する変換であるため, この過程で処理する情報の量が物体の構造の複雑さに依存することを仮定すると, 複雑さの効果は,呈示時間の長い条件において強く見られるだろう. つまり, 二種類の形状比較モジュールでは, 画像を直接比較する処理よりも三次元的変換を伴う比較を行う処理に対して 強く影響があると予想される.

2.1 被験者

20歳〜27歳の大学生及び大学院生4名が被験者として実験に参加した. 各被験者は裸眼または矯正後の視力が0.7以上であった. また,この実験以前にペーパークリップ形状を用いた実験の被験者を経験したものは 含まれていなかった.

2.2 装    置

実験刺激は Silicon Graphics社のワークステーション Indigo2 High Impactを用いて作成し, ディスプレイ SONY GDM-21に呈示した. 被験者は Stereo Graphics社製 ステレオ呈示用液晶シャッターメガネ Crystal Eyesを装着して 刺激を観察した. ディスプレイ面と被験者の両眼との距離は100cmであった. あご台を利用することによって, 被験者の頭部の位置が大きく変動しないようにした.

図:

2.3 刺    激

刺激としてコンピュータグラフィクスによって作成した ペーパークリップ形状の新奇物体を用いた. 刺激には仮想的に現実の照明下にあるような陰影を施した. 陰影の計算では,表面に完全拡散面を仮定した ランバートのモデルに従った[HornHorn1986]. 液晶シャッターを通さずに計測した 背景の輝度は , 物体の最暗部の輝度は , 最明部の輝度は であった. また,左右眼に適切な画像を視距離から計算し,ステレオ呈示を使って呈示した. したがって被験者は陰影,視差情報,遮蔽の手がかりを使って 物体の三次元構造を十分に知覚することができた. 刺激はその複雑さによって3段階に分かれる (図[*]). 複雑さは刺激を構成する棒の数を 7本と10本と13本に変化させることによって操作した. 関節の角度と各棒の長さをランダムに変化させることによって, 全試行に形状の異なる物体を作成した. つまり,一人の被験者に対して, ある試行で用いた形状を他の試行で再度用いることはしなかった. 画像上での刺激の大きさは形状と視点によって変化するが, 最大の場合でも視角で上下左右 を越えることはなかった.

2.4 手続き

実験課題は視点変化を伴う物体形状の記憶再認である. 試行は,それぞれ1回の学習呈示と1回テスト呈示からなる. 学習時には一つのターゲット物体を一つの方向から1500msec呈示した. 1500msecのブランク画面の後, テスト刺激として回転したターゲットまたはディストラクタが呈示される. ターゲット刺激は垂直,45度,水平のいずれかを軸として , , , のいずれかだけ回転したものを呈示した. 正誤のフィードバックは行わなかった. テスト刺激の呈示時間の条件として, Short条件 (1000msec) とLong条件 (被験者の反応まで) の2種類を設定した. それぞれの条件について,各被験者は100試行を行った. Short条件とLong条件は被験者によって順序を変えてカウンターバランスした. ターゲット物体とディストラクタ物体は毎試行異なるものを使用した.

図:

2.5 結    果

各呈示時間と刺激の複雑さの組み合わせについて, テスト時にターゲット刺激が呈示されたときに 正しくターゲットであると認識された割合 (Hit Ratio) を 角度の関数としてプロットした (図[*]). まず,刺激の複雑さにかかわらず, Long条件の方が大きな回転角度に対する成績が良かった (, ). 呈示時間によって汎化特性が変化するという結果は, NishinaAnd1996b:shitと同様であったといえる.

[*]中の曲線は, 角度差 に中心のある正規分布の形状を持つ ガウス関数でデータをフィッティングしたものである. その正規分布の標準偏差に対応する の値を 視点汎化能力の尺度 (Generalization Range) とし, 図[*]に 刺激の複雑さ及び時間の条件の汎化に対する効果を示した. 刺激の複雑さの効果は Long条件において有意であったが ( , ), Short条件では有意でなかった ( , ). Long条件では汎化の範囲が大きく変化するが, Short条件ではあまり変化しないという結果になっている. これは,二種類の比較プロセスの存在を主張する仮説を 強く支持するものである. また,13本の棒で構成される最大の複雑さの刺激においては, Short条件とLong条件でほとんど成績が同じであった. つまり時間が十分にあっても ある一定以上の複雑さの物体に関しては 成績が向上しないということを示している.

2.6 汎化と学習

NishinaAnd1996b:shitが行った実験では, 実験の進行に伴う汎化の拡大が, 特に角度差の大きい場合に呈示時間無制限の条件において観察された. ここでの汎化の拡大はどのような理由で起こったのだろうか. 実験1の結果では,呈示時間無制限であるLong条件で 刺激の複雑さの効果が顕著であった. Long条件では, 三次元的構造情報を利用したイメージ変換が行われていることが推測される. この汎化の拡大はイメージ操作に対する 熟練とでもいうべきものであるという説明も可能かもしれない. しかし,この操作が日常的にも物体認識に使用されているとすると, 被験者はそのような操作に対して既に十分訓練されているはずであり, 得られたような実験中の汎化拡大は見られないはずである.

ここから考えられる仮説は, イメージ変換の能力は物体の種類毎に獲得され, 別の物体には適用できない,ということである. つまり,使用した刺激が新奇物体であったため, 既知の物体に対するイメージ操作は適用できず, 新たに学習が起ったという論理である.

次の実験ではこの仮説を検証するために, 二種類の形状が異なるの新奇物体を刺激として用いて 学習による汎化の拡大がどのように起るかを確認した.



日本認知科学会論文誌『認知科学』