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: 6. おわりに : 円滑な話者交替はいかにして成立するか 会話コーパスの分析にもとづく考察 : 4. 話者移行型の出現分布の予測


5. 議    論

円滑な移行はいかにして生じるのか 前節の分析で,自律モデルが, 文末に交替がより多く出現する傾向を, また非文末に非交替がより多く出現する傾向を とらえられることを確認した. そこで,なぜこのような状況で 交替や非交替といった円滑な移行がより多く生じるのかを, モデルにもとづいて説明する.

図 6 にみられるように, 文末度を変数に話し手の発話確率は単調に減少し, 聞き手の発話確率は単調に増加する. つまり,文末度が高い程, 話し手は発話を停止し聞き手は発話を開始する傾向にあるということであり, このような状況では両者の発話行動の組合せとしての交替が より多く出現することになる. 反対に文末度が低い程, 話し手は発話を継続し聞き手は発話を抑制する傾向にあり, 結果的にこのような状況では非交替がより多く出現することになる. このように,交替,非交替にみられる出現の偏りは, 話し手,聞き手の発話行動の確率的な偏向によって きわめて単純に説明することができる.

非円滑な移行は逸脱か 次に非円滑な移行について考察しよう. 先に言及したように, コードモデルはあくまでも円滑な移行を説明するものであり, 非円滑な移行は符号化,復号化エラーによって生じる 逸脱的現象と位置付けるしかない. しかしこれらは本当に「逸脱」なのだろうか.

自律モデルでは,文末度を変数とする話し手,聞き手の発話関数から, 円滑な移行の出現傾向と同時に非円滑な移行をも 説明可能であることを示した. このことは,同時開始や沈黙といった現象が ある一定の規則性を持って出現すること,そして それらが円滑な移行と同じメカニズムで生じていることを意味する. こういったことからすると, 非円滑な移行は逸脱などにより偶発的に生じるのではなく, むしろ通常の発話行動の中から自然に生じる現象と 位置付ける方が妥当なのではないだろうか. 円滑な移行と同様に, 非円滑な移行もごく普通に会話をしている中で生じる ありふれた現象なのであって, 何か特別な事態で生じる現象ではないということである.

ただし,これは発話の重複や沈黙の出現が会話の進行上 何ら問題とはならないということを意味するものではない. Sacks74 も指摘するように, 発話の重複が生じた時, 重複したまま両者が発話を続けるということはあまりなく, すぐにどちらかが発話を停止することによってトラブルが修復される. また前節の分析でみたように, 同時開始と沈黙はいずれも予測よりも少な目にしか出現しないが, これは,実際に非円滑な移行が「生じてから」だけではなく, 「生じそうになった」段階ですでにそれを避ける行動が とられたためと考えられる.

このように,重複や沈黙が生じた(生じそうになった)時に, それをあたかも取り除くような行動が生じることから, 確かにこういった現象は会話進行上の「トラブル」であり, 回避されるべきものとみなすこともできる. しかしここで注意したいのは, 非円滑な移行がある種のトラブルであり 発生した(発生しそうになった)時に それを排除するような行動がとられるということと, 会話の中でごく自然に出現するものであるということとは 別の問題だということである. 本モデルが主張する点はあくまで後者であり, 前者を否定するものではない.

コード体系に代わるもの これまでの議論にもとづいて,コードモデルと自律モデルとの違いについても う一度検討しよう(表 8).


表: コードモデルと自律モデルの比較
  コードモデル 自律モデル 媒介となるもの  

コードモデルでは,共通のコード体系を利用してシグナルを媒介に話者交替の 状態5#5が伝達されることで円滑な話者交替の成立を説明する.ここで コード体系は,具体的には,互いに逆関数となる符号化,復号化関数として内面化 されている.このような内面化された符号化,復号化関数は,同じコード体系 を用いる社会の成員にとって共通のものである.

一方自律モデルでは,会話参加者は同じ関数を共有しているのではなく,それ ぞれが異なる関数(発話関数)を内面化して持っていると考える.このように発 話関数は個人によって異なるものであり,その意味では各個人ごとの「行動特 性」であると言える.会話参加者は,認知環境を媒介に互いの発話関数(行動 特性)に依存してそれぞれある種の偏りのある発話行動をとる.その結果,両 者の発話行動の組合せとして,円滑な話者交替が成立する.これが自律モデル での説明である.

このように,コードモデルと対比させて自律モデルを見ると,ある疑問が浮上 する.「円滑な移行が成立しやすいような行動特性を,話し手と聞き手はなぜ 持ちあわせているのだろうか」という疑問である.話し手が発話をやめる(継 続する)状況と,聞き手が発話を開始する(開始しない)状況はなぜ一致するの だろうか.これは偶然なのだろうか.

発話関数(行動特性)は生得的なものではなく,後天的に獲得されるものと考え られる.そのため,同じ社会に育った人は,類似した発話関数を獲得しやすい. また,その社会が「同時には発話をしない」,「沈黙は作らない」ということ を規範として有するならば,その社会で発話関数を獲得する限り,それを大き く乱すような行動特性が獲得されることはないだろう.つまり,このような社 会では話し手としての発話関数と聞き手としての発話関数とが,相補的な関係 を持ったものとして獲得されるということである.そのため,同じ社会の成員 同士が会話をする限りにおいて,多くの場合,円滑な移行が達成されるのであ る.

規範志向性と自律性 最後に,会話分析における話者交替のモデルと自律モデルとの関係について簡 単に触れたい.Sacks74は,話者の交替が生じうる場所である「移行 適格箇所」において,発話の順番を振り分ける規則「話者交替規則」が働くこ とで,発話順番が会話参加者のいずれか1人に分配されると説明する.

ここで「規則」とは,その時々の行動を支配,制御するような内面化された規 則のことではなく,社会的な規範としての規則である.つまり,規範的規則に よって我々の行動が支配されているのではなく,我々がその規範を志向しリソー スとして利用しているということである.たとえば質問に対して応答が返って くるのも,また質問に対する応答が欠如することでそれが何らかのメッセージ (「不賛成」など)となりうるのも,いずれも「質問には応答を」という規範が 志向されているためである.

同じ社会や文化に属する人間は,同じような規範を志向していると言えるが, 会話参加者はまさにこのことを前提として自己の行動を決定している.つまり, 「質問には応答を」という規範を相手も同様に志向していることを前提に,質 問や応答を行ったり,またわざと応答をしなかったりという行動をとるという ことである.この点で規範志向モデルと自律モデルとは異なる.自律モデルで は,規範志向モデルのように両者が志向している(と期待される)社会的規範に もとづいて自己の行動を選択するとは考えない.先に指摘したように,話し手, 聞き手は単に認知環境を媒介にそれぞれ内面化された行動特性(発話関数)に従っ て行動しているだけである7

ただし,規範志向的な行動など無いと言っているのではない.ここで主張した いのは,規範志向的ではない行動もある,という点である.実際,我々が 先に言及した「同時開始や沈黙の回避」は,Sacks74が指摘する 「一時に一人(one speaker at a time)」といった規範的規則に対する志向の あらわれであり,その意味で規範志向的行動であると言える.また,わざと長い沈 黙を置くことによって「不賛成」を示すといった行動は明らかに規範指向的で あるが,日常よくみられることである.このように我々は,ある時には自律 的に,またある時には規範志向的に行動を決定している. この意味では,「自律モード」,「規範志向モード」といったように,モード の変換が会話の中で柔軟に行われていると言った方がいいかもしれない.

本稿で提案した自律モデルは,話者交替にみられるこのような2つのモードの うち,従来指摘されてこなかった「自律モード」での行動に焦点をあてたもの である.その意味では,規範志向モデルと対立するものではなく,むしろ相補 的関係にあると言える.しかしここで問題となるのは,このモードの切り換え がいかにして成されるかということである.この点については今後の課題とし たい.



日本認知科学会論文誌『認知科学』