next up previous
: 3. 方    法 : 円滑な話者交替はいかにして成立するか 会話コーパスの分析にもとづく考察 : 1. はじめに



2. 話者交替に対する2つの立場


2.1 コードモデル

シグナルにもとづく話者交替研究 コードモデルでは, 会話参加者の間で話者交替に関する情報を伝達する 種々のシグナルが交換され, それによって話者交替が調整されると考える. たとえばKendon67は, 発話の継続時は話し手は聞き手と視線を合わせることを避けているが, 話者の交替時には聞き手と視線を合わせる傾向にあることを見いだし, 視線を合わせることが話者の交替を促すシグナルであるとした. またDuncan77は,視線に加え他の身体動作による特徴や会話音声の韻律 的特徴,統語情報などを含めた分析を行い,話者の交替時や継続時のみならず, 話し手が発話の順番をあらたに獲得した時や聞き手が発話の順番をとらない時な ど,さまざまな状況で利用されるシグナルが存在することを指摘している.そ して,このようなシグナルとそれを解釈する規則によって話者交替が制御され ると考えた.たとえば下降のイントネーションによって「ターン譲渡」のシグ ナルが伝達された場合には,(1) 聞き手はターンを獲得することができる, (2) ターン譲渡のシグナルを出したあとに聞き手がターンを取ったならば話し手は すみやかにターンを終了しなければならない,という2つのルールを示してい るが,まさにこのルールがコードに対応するものと考えられる.

コードを利用した伝達のメカニズム ここでシグナルとは, 「発話の順番に関する話し手自身の状態について表示するもの」 である[DuncanDuncan1972]. 図 1 に示すように, シグナルの発信者(話し手)は, コード体系を利用して 自身の発話順番の状態に関する情報をシグナルに符号化し送信する. 一方シグナルの受信者(聞き手)は, 発信者と同じコード体系を利用して受信したシグナルを復号化し, それによって発話順番に関する相手の状態を知ることができるのである [Shannon WeaverShannon Weaver1949].

図: コードモデル
1#1

符号化・復号化関数 話し手の発話順番の状態に関する情報を5#5, その伝達の媒介となるシグナルを2#2, 話し手の符号化関数を6#6,聞き手の復号化関数を7#7とすると, 話し手が発話順番状態5#5をシグナル2#2に符号化し, 聞き手がそのシグナル2#2から話し手の発話順番状態5#5を復号化する過程は,
2#2
と表現することができる. 以上2つの式から,話し手,聞き手の符号化,復号化関数の間には,

3#3 (1)

の関係があることがわかる. このように関数が互いの逆関数となるのは, 同じコード体系を共有して符号化, 復号化を行っていることのあらわれである.

コードモデルの問題 このようにコードモデルでは, 同一のコード体系を話し手と聞き手が共有することが メッセージの伝達に不可欠であるとされる. しかしIto99が指摘するように, このような同一の コード体系を我々はどのように獲得しているのかという問題がある. また仮に獲得可能であったとして, そのコード体系を互いに共有しているという知識を いかに達成しているのかという問題もある. いわゆる相互知識パラドクスの問題である[Clark MarshallClark Marshall1981]. さらにSperber86が指摘するように, 伝達手段としてのコードモデルの正当性を示すためには, 状況依存性や多義性の除去などを可能とするような コードの体系が必要とされるが, こういったコード体系の存在についての十分な議論はいまだない. また,言語行為が発話の統語論的特性だけでは定まらず, 相互行為の中で達成されると考えられている[SchegloffSchegloff1984]のと同様に, シグナルの意味が所与のコード体系にのみしたがって決定されると 考えることには同種の困難がある.

これらはコードモデル全般に関する問題点であるが, コード体系の共有にともなう困難さは 話者交替に適用する場合にもあてはまる. そこで以下では, このようなコード体系を前提とせずに話者交替現象を説明するモデル, 「自律モデル」を提案する.


2.2 自律モデル

自律モデルの基本的立場 自律モデルでは, 交替や非交替といった話者の円滑な移行, さらに同時開始や沈黙といった非円滑な移行を, 話し手,聞き手の発話,非発話という 発話行動に還元することで統一的にとらえる(図 2)2. 本モデルは,この話し手,聞き手の発話行動を以下のように考えることで 話者交替現象を説明するものである.

図: 移行型と会話参加者の発話行動との関係
4#4

ここで「認知環境」とは,ある時点である個人にとって顕在的な事実の集合体 であり,また「相互認知環境」とは,個々の認知環境のうち,物理的環境を共 有し同様の認知能力を有する2人の人間にとってともに顕在的である部分のこ とである[Sperber WilsonSperber Wilson1986].

さて,先に示したように,コードモデルでは 話し手と聞き手が話し手からの話者交替のシグナルを共有すると考えるのに対し, 自律モデルではむしろ, 話し手の発話をその一部に含む「認知環境」を共有するものと考える. 話し手と聞き手は空間的に同じ場を共有しその中で行動する限り, 互いの行動は相互に顕在的となるが, なかでも話し手の発話のある側面が話者交替の成立に 重要な役割を果たしているということを以下で論ずる. また,コードモデルでは,シグナルを媒介に共通のコード体系を利用することで 話し手の発話順番の状態に関する情報を 両者が共有すると考えるのに対し, 自律モデルでは, 聞き手による話し手の発話行動の解読を必要としない ということについても論ずる.

歩行者横断のアナロジー 歩行者が信号のない車道を渡るという状況を考えてみよう. ある場合には車の方から渡るように合図してくれるかもしれないが, 必ずしもそうとは限らない. そこで歩行者は車の流れをみながら タイミングをつかんで横切ろうとする. 切れ目なく車が通っている場合には割り込みづらいが, 流れが切れると安心して渡ることができる. 車の流れに少しだけ隙間があいた場合には, 先を急いでる人は多少の危険を覚悟して渡るかもしれないし, とくに急いでない人は待っているかもしれない. このように,車がライトなどを媒介に 「道を渡っていいよ」というメッセージを歩行者に伝えなくても, 歩行者は車の流れを観察しながら適宜状況にあった行動をとることで 道路を渡ることができる.

話し手,聞き手の発話行動 通りを渡ろうとしている歩行者を会話の聞き手,車を話し手,そして車の流れ を話し手の発話と置き換えてみよう. この例から類推されるように,話者交替において話し手は必ずしもシグナルを媒介に 自身の発話順番に関する状態を 聞き手に対して伝達する必要はなく, 単に発話を続けたい時に続けやめたい時にやめると考えられる. また,「車が停止する時にはスピードが落ちる」といった, ある種の傾向が車の行動にみられるのと同様に, 話し手が発話をやめる時には 話し手の発話行動に何らかの傾向がみられるものと考えられる. その1つとして文の切れ目がある. 話し手は必ずしも文の完結と同時に発話を停止するわけではないが, 少なくとも文の途中で発話を停止するよりも 文を完結させてから発話を停止することの方が多いだろう. 一方聞き手は,こういった話し手の発話にあらわれる 文法的な切れ目の度合に応じて 発話を開始したり抑制したりすると考えられる. 車の例から類推されるように, 文法的な切れ目が強い程発話を開始しやすくなる.

ここで,話し手と聞き手が同じ場を共有し, かつ聞き手が話し手の発話に注目している限りにおいて, 話し手の行動が両者にとって相互に顕在的となっていることに注意しよう. 以上に述べた話し手,聞き手の発話行動は, それゆえ次のように言い換えることができる(図 3). (1) 話し手の継続,停止といった発話行動が, その発話の属性である文法的な切れ目の度合に反映され, それが話し手,聞き手に相互に顕在化し相互認知環境の一部となる. (2) 聞き手は,相互に顕在化した話し手の発話にみられる 文法的な切れ目の度合に応じて発話を開始,抑制するという行動をとる.

図: 自律モデル
5#5

発話行動の関数 これにもとづいて,話し手の発話行動の関数(以下発話関数)を, 発話行動10#10を独立変数にとり, 発話の文法的切れ目の度合を従属変数2#2にとる関数6#6と, また聞き手の発話関数を, 話し手の発話の文法的な切れ目の度合を独立変数2#2にとり, 聞き手の発話行動を従属変数11#11 にとる関数7#7と定義する.
6#6

以上の関数とコードモデルの関数(1)とを比較しながら, 自律モデルの特徴についてここでもう一度押さえておこう. コードモデルでは話し手と聞き手は話者交替の シグナル2#2を共有するのに対し, 自律モデルでは相互に顕在化された話し手の発話の切れ目の度合, つまり認知環境を共有すると考える. またコードモデルでは 話し手の発話順番の状態に関する情報5#5が共有されるのに対し, 自律モデルでは話し手の発話行動に関する情報10#10は共有されない. このように自律モデルでは, 聞き手は必ずしも話し手の発話行動を復元する必要はなく, 相互認知環境にもとづき自分自身の発話行動11#11を決めるだけでよいと考える 3

話者移行の予測 ところで,話し手の発話関数は 聞き手と同様に文法的切れ目の度合を独立変数 にとる関数として変形することができる.

7#7 (2)

そこでこれ以降,とくに断りがない限り(4)を 話し手の発話関数と呼ぶ.

ここで,話し手,聞き手の発話関数12#12, 13#13を それぞれ 話し手,聞き手が発話を継続ないし開始する確率と考える ( 14#14.値は実数). 交替,非交替,同時開始,沈黙を 図 2 のような話し手,聞き手の 発話行動の組合せととると, たとえば交替は,話し手が発話を停止し 聞き手が発話を開始する状態ということになる. ここで,話し手が発話を停止する確率は 15#15, 聞き手が発話を開始する確率は13#13であることから, 交替の出現確率は 1#1のように表現できる. 非交替や同時開始,沈黙に関しても同様である.
2#2

ここで,非円滑な移行が円滑な移行と同じメカニズムで生じると 考える点でコードモデルとは異なることを強調しておきたい. コードモデルはあくまでも円滑な移行を説明対象とするものであり, 非円滑な移行はモデルからの逸脱と位置付けられてしまうのである. こういった非円滑な移行に対する立場の違いにより, その出現傾向の予測にも差が生じる. 次節以降では,実際の対話データにおける移行の出現傾向と, 自律モデル,コードモデルから予測される 出現傾向との比較を通して,両モデルの妥当性を検討する. とくに非円滑な移行において両モデルに差が見られることを示す.


next up previous
: 3. 方    法 : 円滑な話者交替はいかにして成立するか 会話コーパスの分析にもとづく考察 : 1. はじめに
日本認知科学会論文誌『認知科学』