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: 5. 全体的考察 : 再帰呼び出しを含む手続きの処理の難しさ : 3. 実 験 1


4. 実 験 2

実験2では,手続きAの中で手続きAを呼び出す「再帰的な埋め込み構造」と,手続きAの 中で手続きBを呼び出す「非再帰的な埋め込み構造」の2種類の評価課題を用意する. 両課題は埋め込み構造という点でプッシュダウンスタック型の記憶を必要とし,それに かかるワーキングメモリの負荷も同等である.もし,埋め込み再帰が困難である原因が 埋め込み構造そのものにある (ワーキングメモリの負荷) のならば,再帰・非再帰を 問わず得点が低いことが予想される.一方,埋め込み構造そのものではなくて,再帰的 な埋め込み構造に原因がある (ワーキングメモリの負荷以外) のならば,再帰的な 埋め込み構造の方が非再帰的な埋め込み構造よりも得点が低いことが予想される.

なお,再帰概念学習方法は実験1の「読解&図解群」と同様にした.その理由の第1は, 実験1における3つの実験群で得点に有意差がなかったこと,第2に,正しい理解に結び つかなかったとはいえ,図解が再帰のイメージの把握に役に立ったという被験者の 内観報告が多かったことを考慮した.

4.1 方    法

4.1.1 被験者

実験1に参加していない京都大学教育学部および文学部の 大学生20名 (男性8名,女性12名). 平均年齢21.3歳 (19-28歳)4

4.1.2 実験計画

埋め込み構造2 (再帰的・非再帰的;被験者内) の1要因計画.

4.1.3 実験装置

実験1と同じ.

4.1.4 実験時期

1997年12月上旬から中旬にかけて実施.

4.1.5 材    料

基本的に実験1に同じ.ただし,評価課題の10試行は再帰的な埋め込み構造・非再帰的 な埋め込み構造それぞれ5試行ずつ用意した (図[*]).

図: 評価課題の例と正答

4.1.6 手続き

実験1の「読解&図解群」と基本的に同じであるが,以下の部分を変更した.第1に, 評価課題を迅速に進めてもらうために100秒の制限時間を設けた.その際,実験1の 「読解&図解群」における埋め込み再帰課題の反応時間 (平均+2標準偏差) が 約100秒に相当したことを考慮した.

第2に,ターゲット語をすべて子音から構成される5字の無意味語とした.子音は各試行 内で重複なく,計10試行でほぼ均等に出現するようにした.

第3に,評価課題の呈示順序を,再帰的・非再帰的な試行が交互に出現する規則的な カウンターバランスとし,再帰的な試行から始まるものと非再帰的な試行から 始まるものの2種類を用意した.

4.2 結    果

実験に先立ち,実験1と同様に,「再帰」という言葉を聞いたことがあるかどうか, ある場合にはそのイメージを浮かべることができるかどうかを尋ねた.その結果, 聞いたことがあると答えた被験者は20名中13名で,さらにイメージできた被験者は 13名中7名であった.しかしながら,それらは「再帰代名詞」または「戻ってくる」 というイメージで,「現在の状態を一時的に凍結したうえで,自分自身を呼び出し, それが終ったら自分の仕事を再開する」といった本実験の本質に関わる部分をイメージ できた被験者は皆無であった.

埋め込み構造の違いによる評価課題の平均得点を図[*]に示す. 得点を従属変数とする1要因分散分析を行なったところ,主効果が 有意で [, ],非再帰的な埋め込み構造の方が再帰的な埋め込み 構造よりも得点が高かった.

図: 埋め込み構造の違いによる
評価課題の平均得点 (5点満点)



表: 誤答パターン
  元に戻り忘れ 呼び出し終わらず ミス 処理順序逸脱 時間切れ
再帰的 52 7 0 2 3 64 (100)
非再帰的 15 0 6 16 4 41 (100)
67 7 6 18 7 105 (200)
注) ( ) 内は試行数



表: 全被験者の解答パターン
    非再帰的  
    全試行正答 途中から正答 混乱 全試行誤答 計 (人)
  全試行正答 2 0 0 0 2
再帰的 途中から正当 0 8 0 0 8
  混乱 0 0 1 0 1
  全試行誤答 4 2 1 2 9
  計 (人) 6 10 2 2 20
注) N=20

さらに,誤答パターンを分類した (表[*]). 分類基準は実験1と同じであるが,実験2では「時間切れ」というカテゴリーを新たに 設けた.再帰的な埋め込み構造の場合,誤答の約80% (52/64試行) が 「元に戻り忘れ」であった.一方,非再帰的な埋め込み構造では,「元に戻り忘れ」 と「処理順序逸脱」の比率が同程度に高かった.

また,実験1と同様の基準で被験者ごとの解答パターンを分類したところ,再帰的・ 非再帰的双方で「途中から正答」した被験者が多かった (表[*]).

最後に,実験1の埋め込み再帰と実験2の再帰的な埋め込み構造の間,および実験1の 末尾再帰と実験2の非再帰的な埋め込み構造の間で評価課題の得点を従属変数とする 被験者間1要因分散分析を行なった.その結果,前者の主効果は有意で なかった [, ns] が,後者の主効果が 有意で [, ],実験1の末尾再帰の方が実験2の非再帰的な 埋め込み構造より得点が高かった.

4.3 考    察

以上から,再帰的な埋め込み構造の方が非再帰的な埋め込み構造より得点が低く, 埋め込み再帰が困難である理由は,単なる埋め込み構造ではなくて,再帰的な埋め込み 構造に原因があることが判明した.

両課題は埋め込み構造のためプッシュダウンスタック型の記憶を必要とし,それに かかるワーキングメモリの負荷も同等である.それにもかかわらず,非再帰的な 埋め込み構造の方が得点が高く,誤答パターンにおいて,「元に戻り忘れ」が少ないと いうことは,ワーキングメモリの負荷以外にも原因があるためと考えられる.

その原因として以下が考えられる.第1に,自分自身が呼び出されたとき,現在行 なっている手続きが,元と複製のどちらであるかがわからなくなる点である.非再帰的 な埋め込み構造の課題では,呼び出される手続きが元の手続きとは別のため,現在 どちらの手続きを行なっているのかがわかりやすい.再帰的な埋め込み構造で 約11% (7/64試行) 見られた「呼び出し終わらず」の誤答パターン (再帰呼び出し された複製の手続きを終えずに元の手続きを終えた) が,非再帰的な埋め込み 構造で0% (0/41試行) だったのはこれが原因と考えられる.

第2に,元と複製の区別ができたとしても,再帰的な埋め込み構造で同じ手続きAが 再帰的に2回出てきたとき,その試行を完了するのに「おわり」が2回続くことを 気づきにくい,もしくは理解しがたいという点がある.つまり,同じ手続きが2つ あるので,複製が終わった時点で試行が完了したと勘違いする.したがって,元の 手続きに戻って続きの処理を行なう必要があることを忘れやすいのである.一方, 非再帰的な埋め込み構造では手続きが別々になっているため,手続きBを終えても, 手続きAが「おわり」まで進んでおらず,手続きAに戻って続きの処理を行なわねば ならないことに気づきやすい.

以上のような原因が,再帰の難しさの本質的な原因の中核となって,人間は再帰概念や 処理を直観的に理解し難いことが示唆される.

実験2の問題点として,非再帰的な埋め込み構造の誤答において,「元に戻り忘れ」と 同程度に「処理順序逸脱」が見受けられた点が上げられる.「処理順序逸脱」の被験者 の多くは,手続きのすべてのステップを行なおうとして袋小路に陥ったようであった. 実は,非再帰的な埋め込み構造の手続きには処理しないステップが含まれて いた5. これは,再帰的な埋め込み構造の評価課題と同型とするために意図的に付け加えたもの であるが,一部の被験者にとって戸惑う原因となってしまった. この点は今後改善すべき点といえる.

なお,非再帰的な埋め込み構造の平均得点が,実験1における末尾再帰の平均得点ほど 高かったわけではなく,「元に戻り忘れ」という誤答パターンもある程度存在したこと に注意しておく必要がある.このことから,ワーキングメモリに負荷がかかる埋め込み 構造そのものも人間にとってある程度難しいと考えられる.したがって,埋め込み再帰 が困難な原因は,単なる埋め込み構造に加えて,それが再帰的な埋め込み構造になって いるためであるというのが妥当な解釈であろうと考えられる.


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日本認知科学会論文誌『認知科学』