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: 2. 方    法 : 手がかり刺激の非空間的属性にもとづく 視覚的注意捕捉 : 手がかり刺激の非空間的属性にもとづく 視覚的注意捕捉

1. 本研究の背景および目的

視覚的注意に関しては,情報選択の生じる空間範囲やその選択方略など多くの 研究がなされてきた.これらの研究で用いられる実験パラダイムは主に 視覚探索 (visual search) 課題と,手がかり提示 (cueing) 課題とに分類できる.

視覚探索課題とは,ディスプレイに配置されるいくつかの刺激の中から,あらかじめ 教示された属性 (特徴) をもつターゲット刺激,もしくは一つだけ他と異なる属性を 持つターゲット刺激を見つけだすもので,その探索時間からターゲット刺激検出に ともなう視覚的注意のメカニズムが推測される (Treisman & Gelade, 1980). ターゲット刺激検出が刺激の総数 (セットサイズと呼ばれる) にかかわらずほぼ一定の 時間内に完了するものと,セットサイズの増加に伴って探索時間が延びていくものと, 大きく分けて2種類の探索形態があり,前者は並列探索,後者は継時探索と呼ばれる. これらは,ターゲット刺激とそれ以外の刺激 (ディストラクタ) との属性 (特徴) 次元 における関連性によって変化することが知られている (Treisman & Gelade, 1980; 熊田・横澤, 1994).

一方,手がかり提示課題は,手がかり刺激 (cue) によって視野の特定部位に視覚的注意 を誘導し,その部位における刺激の処理に及ぼす影響を検討することで,視覚的注意の 特性を推測していく (Eriksen & Hoffman, 1972; Posner, 1980).手がかり提示課題 での視覚的注意の誘導には,中心手がかり提示 (central cue, またはinformation cue) と周辺手がかり提示 (peripheral cue, またはlocation cue) の2種類の方法が用いられる (Jonides, 1981; Cheal & Lyon, 1989).中心手がかり提示では,視野の中心付近に矢印や数字などの刺激を提示し, 視覚的注意を向けるべき位置を被験者に明示する.被験者は,手がかり刺激 (矢印や 数字など) の情報から自ら視覚的注意を視野の一部に向け,その後の課題に備える. この状況では被験者が意図的に視覚的注意をしかるべき位置に移動していることから, 能動的な注意制御が行われていると考えられる. 一方,周辺手がかり提示では,視野周辺の ランダムな位置への手がかり刺激を予告なく提示する.この突然の 提示 (abrupt onset) によって視覚的注意はその刺激提示位置に対して,もしくはその 刺激自体に対して捕捉されると考えられている (Yantis & Jonides, 1984; Jonides & Yantis, 1988).この際の,視覚的注意の捕捉はおおむね受動的・自動的に行われ, 被験者の意図に関わらず手がかり刺激は注意を引きつけることになる.いずれも, 手がかり刺激とターゲット刺激との提示時間間隔 (SOA) や,手がかり刺激とターゲット 刺激との空間距離などを関数として,手がかり提示後に続く課題遂行にどのような 効果が生じるか検討される.これにより,視覚的注意の移動速度や,影響を及ぼす 空間範囲,その異方性などが検討されてきた.Posner (1980) らは,これらの 結果から,視覚的注意が“スポットライト”のような形状を持ち,注意を向けた 視野の特定領域に限定して影響を及ぼすことを提唱している.

このように,視覚探索課題を用いた研究はターゲット刺激とディストラクタとが持つ 非空間的属性 (特徴) の関連に注目したものであり,一方,手がかり提示課題による 研究では手がかり刺激とターゲット刺激との空間的・時間的関係がその着眼点となって いる.しかし,刺激の持つ非空間的属性と空間的・時間的関係とを同時に検討した 研究は少ない.そこで,本研究では両者の相互作用を検討する試みを行った.先述の 通り,従来の手がかり提示パラダイムにおいて,手がかり刺激に対して想定された効果 はもっぱら位置の情報のみだった.しかし,手がかり刺激の非空間的属性がターゲット 刺激に対する反応に影響を与えることは充分に考えられる.たとえば,手がかり刺激の 持つ非空間的属性の一つがターゲット刺激の非空間的属性に一致しないために反応が 抑制されるような場合,手がかり刺激が持つ空間的属性による反応促進に対して干渉が 生じることも考えられる.なお,以下の記述において単に“属性”と記述した場合, 刺激の持つ非空間的属性を指すこととする.

本研究では,手がかり刺激とターゲット刺激の属性関係がターゲット刺激属性の弁別に 及ぼす影響を検討する.刺激属性としては色をとりあげた.色属性は,特徴統合理論 でも代表的な特徴として位置づけられ,他の特徴,特に空間的属性を含むものと は独立したマップを持つことが知られている.また,一般的な手がかり提示パラダイム と同様, 手がかり刺激がターゲット刺激の提示される位置と同側に提示される確率を反対側に 提示される確率よりも高くし,この関係を被験者にも教示した.この空間位置情報の 操作により,被験者は手がかり刺激に対してより意図的に注意を向けることになる.

この手続きに加えて,手がかり刺激の色とターゲット刺激の色とが一致する条件と一致 しない条件とを等確率で提示し,被験者に対しても“手がかり刺激および ターゲット刺激 の色の組み合わせは相互に無関係である”と教示した.したがって,刺激事態としては 手がかり刺激とターゲット刺激の色に一致・不一致が生じるが,手がかり刺激の属性 からターゲット刺激の属性は予測できず,手がかり刺激の属性情報を積極的に処理する 必要性はないと言える.しかし,もしこのような実験手続きにおいて,属性の一致・ 不一致によってターゲット刺激の弁別遂行に差を生じるならば,被験者は刺激属性に 対して無意識的・自動的な注意を向けていたと考えられるだろう.

さらに,本研究ではターゲット刺激提示に先行して手がかり刺激が提示される時間 間隔 (Cue Lead Time; CLT) を操作した.手がかり刺激が周辺手がかり提示の場合は, 約150msecほどで空間位置に関する効果が最も大きくなることが知られている が (e.g. Nakayama & Mackeben, 1989),刺激属性に関する効果はその時間的特性が 異なることが予想される.また,空間位置情報が視覚情報処理において優先的に処理 されること (Treisman & Gelade, 1980; Tsal & Lavie, 1988) を考え合わせると, 刺激属性の効果は空間位置のそれよりも遅いピークを持つ可能性も考えられる. したがって,本実験においては,空間位置の効果が最大となる150msec付近のCLTを 最短とした3条件を設定した.



日本認知科学会論文誌『認知科学』