メンタルモデルの自発的形成過程と対象との同型性
Processes of spontaneous formation of mental models and its equivalence to the target.

古田貴久(群馬大学) 駒崎久明(東京工業大学)

Takahisa Furuta (Gunma University) and Hisaaki Komazaki (Tokyo Institute of Technology)

1996 年9 月5 日

概要

Previous studies of human device operation learning seem to assume that subjects acquire men- tal models of the target system by means of instruction prior to learning sessions. The researchers assume that when subjects are not provided such models, they would learn procedural knowledge, which imply that they would not have mental models of the system. However, in the first ex- periment, we analyzed verbal protocols of subjects controlling a water tank system without prior knowledge about the system, and found that they spontaneously formed several mental models, and that these models which were used by outperformed subjects were equivalent to the target system functionally, rather than structurally. In the second experiment, we provided subjects with such a functionally equivalent model and showed that it was as effective as structurally equivalent one.

メンタルモデル形成(formation of mental models), 装置操作学習(device operation learning), 機能的同型性(func- tional equivalence)


1.はじめに

   人間が機械や計算機といった装置の操作方法を学んだり理解したりする うえで,メンタルモデルは重要な役割を担っていると考えられている.メンタ ルモデルは対象がどのようなものであるかについての知識であり,構造,構成 要素間の関係,振舞い方に関する情報を含む.数多くの研究が,人間は適切な メンタルモデルを利用することで,装置の挙動を推測し,適切に制御できるこ とを示している( Gentner & Steve, 1983 ; Rouse & Morris, 1986 ).

 従来の多くの装置操作学習を扱った研究では,主な関心がメンタルモデ ルの内容と操作パフォーマンスの対応関係にあり (Rutherford & Wilson, 1992),しかも,実験上,モデ ルを外的に統制する必要があるため,モデルは事前に実験者が被験者に対して 教示で与えるものとされてきた.そして,モデルが外的に提供されない場合は, 手続き的知識の学習が行なわれ,概念的な理解は必ずしも伴われないという前 提をおいている.だが,そのように仮定してよいのだろうか.

 たしかに我々はテレビや電話,電卓を,その仕組を教わることなく使い こなしている.だが仕組の説明を求められると,誤った,一貫性のない説明を しがちである (Norman, 1983)

 情報を外的に与えられなかった場合に見られるこのような現象は心理学実験 でも確認されている. Berry & Broadbent (1984) は,コンピュータに実装した砂糖工場のシミュレータを用いて実 験した.被験者は,操作経験を積んだ後に,システムに関する選択式の筆記試 験に答えた.実験の結果,操作を練習することで操作パフォーマンスは向上す ること,しかしながら,事後に実施した筆記試験の成績は,操作経験を持たず 試験だけを課された被験者のそれと同程度であることが示された.このことは, 操作対象について外的な知識を与えられずに操作に習熟しても,操作対象の仕 組に関する理解はほとんど進んでいないことを示しており,メンタルモデルが 自発的に形成され難いことを示唆している.

  Anzai (1984) は操作の熟達過程の 認知的なモデルを与えている.彼は画面上に示された船舶の操縦という課題を 用い,操作の熟達化の過程を「行動による学習(learning by doing)」理論に よって説明した.これによれば,操作を繰り返すことで,いくつかの望ましい 反応同士の関係が明らかになり,それをもとに問題のサブゴールの構造化が行 なわれる.そして,熟達化はサブゴール達成のためのマクロルールの蓄積とみ なされている.このような知識は,一般に,意識にのぼることはなく,言語化 不可能であるとされている( Anderson, 1983 ; ).

 パフォーマンスと意識にのぼる知識の量との間に相関がないという現象が現 れるのは装置操作に限らない. Reber (1989) は,学習の結果獲得された知識や学習過程に必ずしも気づいてい ないことを示す,約40 の実証研究を挙げている.

 しかしながら,近年,対象の仕組みや構造に関する外的な情報が与えら れない状況でも,規則性を言語化できることがあることが報告されている. たとえば, Willingham, Nissen, & Bullemer (1989) は,4 つのボタンをおす順序を学習するという課題を用 いて,言語化できた順序の量と反応時間の関係を調べた.そして,言語化でき た順序の量が多いほどパフォーマンスが高いことを示している.

 同様の結果を出した一連の研究は,操作経験を通じて獲得された操作知 識が言語化できるかどうかは,入力と出力との間の関係で支配的な変数の顕現 性(saliency) の高さで決まることを示唆している ( Berry & Broadbent, 1988; Berry & Dienes, 1993 ; Cleeremans, 1993 ).たとえば, Berry & Broadbent (1988) は,変数 の顕現性を,入力が出力に反映されるまでの時間と定義した.すなわち,即座 に反映されれば顕現性が高く,遅れがあれば低い.そして,顕現性を独立変数 に,従属変数として事後テストでの言語テストの成績をとり,両者の間に有意 な相関があることを報告している.

 このように見てくると,従来のほとんどの装置操作研究が統制群に対し て設けていた仮定には疑問が持たれる.すなわち,メンタルモデルは対象 の挙動を予測し,説明するための知識と考えれば,対象の振舞いの背後にある 規則性に関するものといえる.これを言語化できるということは,操作者はそ の規則性,すなわちメンタルモデルを持っていることを示唆している.

 そこで本論文では,操作対象とされた装置についての教示を与えられな い被験者が,自発的なメンタルモデルを構築する過程,および,そこで構築さ れたモデルの特徴を明らかにすることを目的としている.

2.材料

 本研究で行なった2 つの実験では材料として水槽システムを用いた.こ こでは,この水槽システムの特性についてまとめる.

 操作の対象とした装置の正体は 図1 に示すよう な水槽システムである.2 つの水槽は底でパイプで接続されている.また,右 側の水槽の底には排水パイプが付けられている.2 つの水槽にはそれぞれ蛇口 が取り付けられており,蛇口の開度に応じて水が注入されている.このような 水槽システムをパソコン上でシミュレートした.

  図2 は,被験者が操作する実験装置の外観であ る.装置の出力部はディスプレイ上に丸で表された2 つのランプである.ラン プにつく色は水槽の水位に応じて変化する.すなわち,水位が目標水位と 5% の範囲で一致したら赤,目標水位より5%〜 30% 低い範囲で緑,逆に5%〜 30% 高い範囲で青くなるようにした.それ以外の範囲でのランプの色は黒である. ディスプレイの前にはツマミが2 つ取り付けられた箱が置いてある.ツマミは 可変抵抗器で,270 度の範囲で左右に回すことができる.被験者の作業は,ツ マミを回してランプをできるだけ長時間赤色にすることである.

 実験装置のディスプレイには図2 のように2 つのランプのみ表示され, 水槽を示唆するものは現れない.入力(ツマミ) と出力(ランプ) の間には見か け上線形性がなく,水槽の直径に依存して反応が遅れる.これによって,装置 の構造や仕組みに関する情報を受けていない場合には,入出力間の関係の対応 関係が容易にわからない状況になっている.

3.第1実験

 第1 実験の目的は主に以下の3 つである.第 1 に,顕現性が低いシステムに対しても自発的にメンタルモデルが 形成されることを示すことである.

 第2 の目的は,入出力の対応関係に関連する変数・特徴に気づいたあとの認知処理を明らかにすることである.

 第3 の目的は,自発的に生成されたメンタルモデルの特徴を明らかにすることである.被験者が生成したメンタ ルモデルを構造的側面,機能的側面から分類し,モデルの特徴と操作パフォーマンスの関係について分析する.

 以上の3 点を,課題を達成するまでに要した学習回数と, 発話プロトコル から検討する.

3.1.方法

3.1.1.被験者

 被験者は東京工業大学工学部学生および大学院生の計18 名で,個別実験で行い,謝礼として1000 円支払った.


表1 訓練課題, 転移課題の回数

訓練課題超過禁止長時間
水槽教示群2.5(.55)2.0(.89)1.2(.41)
教示なし群14.0(5.56)4.1(1.98)3.8(2.18)
(括弧内は標準偏差)
 実験群は,対象装置の仕組みや構造に関する情報を与える群(水槽教示群) と,与えない群(教示なし群) の2 つを 設定した.水槽教示群には操作対象が水槽システムであることを図2 を用いて説明する.教示なし群には装置に関す る情報はなにも与えない.

 第1 実験では自発的に構築されたメンタルモデルに関する情報を発話プロトコルから得るため,多量の発話プロ トコルが必要である.このため,教示なし群を12 名,水槽教示群を6 名とし,被験者の割り当てはランダムに行なっ た.

3.1.2.手続き

 まず,発話思考法の練習をEricsson & Simon (1993) に従って実施した. 次に,水槽教示群には操作対象の説明を行なった.すなわち,操作対象は底が パイプでつながれた2つ の水槽であること,2つ のツマミはそれぞれの蛇口に 対応していること,および,2つ のランプの色とそれが反映している水槽水位 である.続いて,課題(2つ のツマミを動かして,2つ のランプをできるだけ 長い時間赤くつける) の教示を行なった後,訓練課題と転移課題を実施した. なお,1 セッションの時間はすべての課題で120 秒である.

 訓練課題では,課題の終了基準を,ランプが60 秒以上赤くついたセッションが,2 セッション連続することとし た.訓練課題の終了後,転移課題を実施した.転移課題は,制御工学的に対照的な操作方法を求める内容として,長 時間維持課題と水位超過禁止課題の2 種類を設けた.長時間維持課題では,課題の終了条件を,1 セッション中にラ ンプを100 秒以上赤くつけることとした.この場合,ステップ入力的な操作が適切である.一方,水位超過禁止課 題では,課題遂行中,ランプが青くなることなく赤ランプを60 秒以上点灯させることを求めた.このことは,水位 がオーバーシュートしてはならないことを意味する.つまり, ランプ(lump) 入力的な操作が適切な課題になってい る.なお,2 つの転移課題の提示順序はカウンターバランスをとってある.

 訓練課題を20 回以内で終えられない場合は,そこで実験を打ち切った.また,各転移課題は5 回を限度とした.

 被験者の行動はすべてビデオテープに録画した.また,被験者の操作履歴を0:1秒 単位でコンピュータが記録した.

3.2.結果

3.2.1.訓練に要した回数

 結果の分析に先立ち,各課題を規定回数以内で終了しなかった場合のセッション数は,それぞれの課題の規定回 数+1,すなわち,訓練課題は21 回,転移課題は6 回とした.

 表1 は,2 つの群が訓練課題,転移課題の終了に要したセッション数である.Kruskal-Wallis の検定の結果, 訓練課題,水位超過禁止課題,および長時間維持課題のすべてについて,2 群の有意差が認められた(それぞれ,Chi2 (1) = 11:54, p = :0007 ; Chi2 (1) = 4:07, p = :0437 ; Chi2 (1) = 5:86, p = :0154 ).したがって,今回用いた装置は,内部構 造に関した情報を外的に与えられない場合には適切な操作が困難な課題であるといえる.

3.2.2.メンタルモデルの形成過程

 教示なし群被験者が操作している最中に自発的に装置のメンタルモデルを作ったかどうか検討するため発話プロ トコルの分析を行なった.ただし,機器の不調のため1 名分の記録に失敗しており,分析対象は11 名分である.そ の結果,メンタルモデルを構築するプロセスは4 段階から構成され,最初の2 段階はツマミの回し方とランプにつく 色の規則性に気づく段階であり,後の2 段階ではそれらの規則性の説明が試みられる形でモデルが形成されていくこ とがわかった.

 第1 段階においてはツマミと色の規則性に関する知識が,どのように回すと色がどうなるといった相関関係の収 集によって獲得され,それらの知識は第2 段階においてゴールを設定しそれを達成するために利用される.第3,4 段階においてはツマミの回し方とランプの色の関係を装置の挙動と整合的になるように,装置の仕組みに関する仮説 的なモデルを生成することが試みられる.そして,そのときに構築利用されるモデルは,浅いモデルから深いモデル へと発達することが分かった.以下ではそれぞれの段階について説明する.

 以上の基準に基づいて,2 人の評定者が,最終的にどの発話タイプに属するか,発話プロトコルを評定した.な お最初の一致度は82% であった.次に,発話内容タイプと訓練課題および転移課題におけるパフォーマンスの関係 を調べた(表2).Kruskal-Wallis の検定の結果は,訓練回数および転移課題の回数に有意差が認められた(それぞれ, O2 (2) = 6:2, p = :044 ; O2 (2) = 5:4, p = :0156 ).訓練課題の回数では,発話タイプによって訓練回数が異なる ことが示された.だが,訓練回数が少ない方から並べた段階が(3), (4), (2) となることは,多くの訓練を積んだから といってモデルの内容が改善されるわけではないことを示唆している.一方の転移課題においては訓練課題とは異な り,発話内容が進むにつれてより少ない回数で達成していることが示された.


表2: 発話タイプとセッション数
段階被験者数訓練課題回数転移課題の回数(2課題の和)
1 0 - -
2 3 19.0   12.0
3 5 11.3    8.8
4 3 14.3    3.7

3.3.考察

 第1 実験では操作者が形成するメンタルモデルの特徴づけを行なった.節の始めに3 つの目的を設定したが,そ れぞれに対しての結果は次のようにまとめられる.

 第1 の目的は顕現性の低い対象にもメンタルモデルを自発的に生成することの実証的な確認であった.従来の多 くの装置操作学習を扱った研究では,メンタルモデルが外的に提供されない場合は,手続き的知識の学習が行なわ れ,概念的な理解は必ずしも伴われないという前提をおいている.そこで,実験では,入出力間に時間遅れがあると いう,顕現性の低いシステムを用いて,操作中の発話について分析を行なった.その結果,装置の仕組についての教 示されなかった場合でも,73% の被験者が装置の仕組について積極的な推測を試みている様子が示されたことで, 顕現性が低いシステムに対してもメンタルモデルが形成されることが示された.

 第2 の目的は,メンタルモデルが形成される過程の検討であった.プロトコル分析の結果,メンタルモデルが形 成されていく過程は,規則性の収集から始まり,深いモデルの形成までの4 段階からなると特徴づけらることがわ かった.

 第3 の目的は,自発的に形成されたメンタルモデルの特徴を明らかにすることであった.実験の結果,教示なし 群が作った装置の深いモデルでは,実際の装置との構造的な同型性というよりは,機能的な同型性が顕著であった.

さらに転移課題において,水槽教示群の平均試行回数が1:6回 なのに対し,深いモデルを形成したと判定された被験 者の回数は1:85回 であり,ほぼ互角といえる.このことは,教示なし群の被験者が自発的に形成したメンタルモデ ルは,対象との構造的な同型性というよりは,バランスという,機能的な側面での同型性を特徴として持つこと,お よび,それが装置操作において有効に働くことを示唆している.

 ここで,次のような予測が導かれる.すなわち,水槽システムと機能的に同型な,バランスという概念が支配的 なシステムを教示したとしても,水槽システムを教示された場合と操作パフォーマンスが類似しているということで ある.

 第2 実験では,水槽システムとバランスという観点においては機能的に同型な材料を教示することによって,こ の問題を検討する.

4.第2実験

 第2 実験では水槽システムと機能的に同型なカバーストーリとして,ラケットの上にのせたボールをラケットの 面の中心に留める,というものを用いた.テニスやバドミントン,あるいは卓球の経験がある人ならこのようなこと を経験したことがあると思われるように,我々にとって身近なカバーストーリである.同時に重要なことは,このス トーリがバランスをとるという作業のよい典型例と言えることである.すなわち,バランスをとるということで言え ば,やじろべえやシーソーも典型的な事例と言える.だが,やじろべえやシーソーでは,ラケットのバランスをとる ことと比べて,人間が積極的に関与するという印象が薄いように思われた.すなわち,やじろべえやシーソーでは, 一度左右の重りを定めてしまえばあとは振動を眺めているくらいしか人間にはすることがない.これに対してラケッ ト上のボールの安定性は悪いため,比較的積極的な制御が必要になってくる.

 ここで注意が必要なことは,水槽システムとラケットは力学的には非同型だということである.たとえば水槽シ ステムの場合,左右の水槽の水位は相互に干渉している.したがって,たとえば,片方の水槽の水位が上昇すれば もう一方の水位も上昇してしまう.これに対してラケットの場合,縦方向と横方向の水平バランスは独立に制御され る.たとえば,グリップの軸方向は地面と平行にしたままでも,グリップの軸方向で回転させれば,ラケット面の横 方向の傾きを自在に変えられる.このように,水槽システムとラケットとでは,バランスという機能的側面では同型 であるが,力学的には非同型なことは,構造的同型性と機能的同型性の有効性を検討する上で適切と思われる.

4.1.方法

4.1.1.被験者

 被験者は群馬大学教育学部学生24 名である.以下の3 群にランダムに振り分けた.

4.1.2.手続き

 手続きは,発話思考法は用いなかったことを除き第1 実験とほぼ同じである.なお,第1 実験の訓練課題におい て,多くの被験者が20 回以内で訓練を終了しなかったことを考慮し,水槽のパラメータを操作しやすいように変更 している.

 まず訓練課題を実施した.訓練回数の上限を20 回とし,それでも終わらなかった者はその時点で実験を打ち切っ たため,教示なし群の2 名には以下の転移課題を実施していない.続いて転移課題を実施した.転移課題は第1 実験 で用いた,水位超過禁止課題と長時間維持課題である.

4.2.結果

 各課題を終了するために要したセッション数を図3 に示す.群 課題の2 元配置の分散分析の結果,群の主効果が認められた(F(2; 19) = 14:70, p < :001). 図3 が示すように,課題達 成に要する回数については全課題において,構造的には同型とは言えないが機 能的には同型であるラケットを教示された場合でも水槽を教示された場合と違 いが見られない.このことから,操作対象と機能的に同型な装置を教示されて も本来の装置を教示された場合と同等のパフォーマンスを発揮することがある といえる.

5.考察

 本論文では,自発的に構築されたメンタルモデルの内容とパフォーマン スの関係を明らかにした.本論文でのメンタルモデルは4 段階で発達し,訓練 の量と発達段階には相関が見られなかったが,転移課題でのパフォーマンスは 発達段階を反映していた.今回の実験で最終的なモデルが,「バランス」とい う,対象の構造的な側面というよりは,機能的な側面で特徴づけられることは 注目に値すると考えられる.タイプ3 までのモデルは,装置の反応を忠実に取 り込んでいるだけだったり,ランダムに変化するツマミの合わせるべき位置に 追従するというように,手続き的なレベルや構造的に同型であるという特徴を 持っている.このような,第3 段階でのモデルと第4 段階でのモデルの違いは, 有用で意味のあるメンタルモデルの条件を示唆している.実際,従来の研究で は,モデルと装置との構造的な対応関係を詳細に与えて,モデルの有効性を示 してきた.しかしながら,今回の結果は,かならずしもそのような対応関係の みに限定されるわけではないことを示唆している.

  Anzai (1984) では,第1,2 段階をモデル化している.彼の課題では, 対象が画面上を航行する舟の制御でありブラックボックスではないので,挙動 を説明するためのメンタルモデルの重要性は,今回の水槽システムよりは低い と考えられる.水槽システムでは適切な制御のために「対象の理解」が必要と された結果,第1,2 段階以上の作業が必要となり,第3,4 段階が現れたと考 えられる.このことは人間がメンタルモデルを積極的に構築しようとする外的 条件の1 つにあげられよう.

 先行研究は,対象理解の上では操作に関連する変数の顕現性が鍵になっ ていると論じてきた.今回の実験の結果は,さらに,柔軟な転移の条件として は,なにが顕現な特徴か気づいただけでは不足で,それらの特徴の間に因果的 な関係をつける,あるいは,具体物に即した類推などといった,それらの特徴 のまとめ上げが必要なことを示唆している.そして,そのまとめ上げられたイ メージがいわゆるメンタルモデルであり,単にまとめ上げた以上に,予測をし たり,説明をしたりという効果があることを示している.メンタルモデルの存 在意義は,特徴の記憶術でしかないという意見があるが ( Rouse & Morris, 1986 ),実際には少なく ともそれ以上の存在意義があるといえる.

 ここで,本論文における構造と機能の区別について述べる.構造とは, いくつかの構成要素,あるいは規則の集合からなり,パターンを形成するもの であり,一方,機能とはその構造の作用である (今田, 1986).例えば,電子回 路とパイプとポンプなどからなる水流システムは,構造的にも機能的にも同型 と捉えられる例である.この2 つが構造的には同型であることは説明の必要が ないであろう (Gentner, 1983). 初学者は,電流を理解するために水流から類 推する場合,この2 つを「流れる」という,機能的なレベル,あるいはプラグ マティックなレベルで抽象化し,同型性を見つけていると指摘されている (鈴木・村山, 1991).

 「流れる」というのは機能であり,構造ではない.なぜならば,電子回 路を,その構成要素である導線や電子部品に還元しても「流れ」という構成要 素は現れない.水流システムについても同様で,パイプやポンプなどを接続し て水を注入すれば「流れ」は現れるが,これら個々の部品要素には「流れ」は 存在しない.なぜならば,「流れる」というのはそれら構造の作用によって現 れるものだからである.

 このような理由から,「バランスをとる」という性質は,どちらの系に ついても,力学的構造が作用した結果現れてくるものであるから,第2 実験で 用いた「ラケット」と水槽システムは機能的には同型であると言える.

 最後に,メンタルモデルと概念の関係について考察する.メンタルモデ ルは,人間が装置の挙動を予測し,説明するための知識であり,そこには,そ の人が対象をどのように理解しているか,そのありようが反映されているもの である.この意味でメンタルモデルは概念ときわめて類似していると言える.

 概念はかつては属性集合に対するカテゴリラベルだと考えられていたが, 近年,その概念を用いる活動の文脈や目的を考慮に入れることの必要性が説か れている[?].たとえば,時計にとって本質的なことは,それがクォーツかゼ ンマイで駆動されているという構造的なことではない.時間を知ることができ るという機能をもっているから時計なのである.水槽システムにおけるメンタ ルモデルが機能的な側面から構築されていたことは,人間の形成する概念,す なわち,人間の認識が本来的には機能的な観点から構成されているためであり, そのため活動の文脈や目的と切り離せないということの1 つの現れではないだ ろうか.水槽システムに対して自発的に構築されたメンタルモデルが「バラン ス」という機能的な特徴を持っていたことは,被験者が注目していた対象の振 る舞い方をもっとも効果的にまとめる1 つのラベルだったからであろう.

6.むすび

 本論文では,モデルを与えられずに装置操作学習を行なった場合でも被 験者は自発的にモデルを形成することを示した.さらに,操作対象装置と構造 的には同型とは言えないが,機能的には同型な装置を用いて教示を与えても, 適切に操作できることがあることを示した.今後は,これらの同型性と人間の 認識の関係についてより堀り下げた研究が必要だと思われる.

謝辞

 本論文の草稿に対して貴重なコメントをくださった東京工業大学の大西 仁氏,市川伸一氏に深謝します.

発話プロトコル

発話プロトコルとは,問題解決の 最中に心に浮かんだことを,その内容について解釈等を施さず,心に浮かんだ まま,発話による報告を求める,という発話思考法によって得られた言語デー タのことである.

ランプ入力

おおざっぱに言って,ステップ入力では入力量 はある時刻で急峻に変化するのに対し,ランプ入力では徐々に変化するもので ある.

文献

  1. Anderson, J.R. (1983). The architecture of cognition. Cambridge, MA: Harvard University Press.
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著者紹介

古田 貴久
平成6年3月東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程満退. 同年4月から群馬大学教育学部講師.

駒崎 久明
東京工業大学大学院総合理工学研究科在学中.