プログラム順

[OS09] フィールドに出た認知科学2

9月16日(金) 13:00 - 18:20 会場:A22(情報科学研究科棟2階)
 認知科学はこれまで、知能に関するモデルを心理学的実験やコンピュータシミュレーションによって検証することを主たる方法論としてきた。しかし、人工的な環境での実験やシミュレーションは、予め想定される特定要因のみに着目したものにならざるを得ず、実環境や実生活での知の姿を明らかにするためには限界があるという批判も叫ばれていた。
 知能はそれ自体独立して存立するのではなく、主体の身体、身体を取り囲む環境や他者、社会や時代とともにある。環境の中で物事を認識し、行動し、他者と交わりを持ち、社会の中で影響を受けながら、知は発現し、進化する。したがって、実環境や実生活のなかにある知の姿を観察・記述・分析しないと、知の本質には迫れない。
 このような問題意識のもと、我々は『認知科学』誌で同名の特集号(2015年3月発刊)、第32回大会で同名のオーガナイズドセッション(2015年9月開催)を企画し、いずれも盛況のうちに終えることができた。本企画はこれらの流れを引き継ぎ、認知科学におけるフィールド研究を定着・発展させることを目論むものである。
 「フィールド」とは研究者によって設定された人工的活動や統制された実験環境ではなく、当事者たちの生活におけるリアルな動機や目的に基づく自発的な活動が繰り広げられる場を指す。生活のなかにはそのような場が溢れている。例えば、スポーツ・演劇・ダンス・音楽・料理・教育・介護・制作などである。こういった現場を研究対象にして、ひとの行動をつぶさに記録・観察し、フィールドの個別性や状況依存性と対峙しながら、知の姿についての新しい研究仮説や理論構築につながる知見を得るような萌芽的研究を募集したい。必ずしも客観的な方法論に基づき普遍的な知見を得ることに縛られる必要はない。自分自身が研究対象に含まれるような一人称的視点の研究も歓迎したい。

キーワード:フィールド,現場,生活,状況依存性,主観性
  • OS09-1
    坂井田瑠衣 (慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科/日本学術振興会)
    坊農真弓 (国立情報学研究所/総合研究大学院大学)
    本発表では,日本科学未来館での展示物解説活動において,サイエンス・コミュニケーター (SC) と来館者がいかにして共に「歩き出す」ことを了解するのかを例証する.来館者が歩き出すタイミングは,いかに当座のF陣形がSCによって変形されるか,あるいはいかにして発話連鎖が組織されるかに依存している.このような現象を,大部分が身体動作によって構成される社会的相互行為として捉え,会話分析に由来する隣接ペアと先行連鎖の概念を援用して議論する.
  • OS09-2
    徳永弘子 (東京電機大学)
    武川直樹 (東京電機大学)
    秋谷直矩 (山口大学)
    中谷桃子 (NTTアイティ株式会社)
    VMCシステムを利用した親子の遠隔共食会話の映像から,共食中の人の行動を事例的に検討した.その結果,VMCシステムは親子の食事空間にローカルモードと遠隔モードを形成し,親子は二つのモードを行き来しながらコミュニケーションを継続していることが示された.VMCシステムは互いに離れて住む親子に対し,相手のリアルな生活を伝えるとともに,共食コミュニケーションを楽しむ時間を提供したと推測できる.
  • OS09-3
    伝康晴 (千葉大学文学部)
    本研究では、柔術の技術指導場面を取り上げ、指導者が自己とパートナーの身体を使って攻防の技術を教授するやり方を分析する。事前に教授内容を知らされていないパートナーに対する手がかりを、練習生たちに宛てた発話や身振りの中に巧みに埋め込みつつ、指導者は説明の流れを止めることなく、身体的相互行為を効果的に提示する。このような相互行為の多重性をオープンコミュニケーションと関連づけながら論じる。
  • OS09-4
    寺岡丈博 (東京工科大学)
    伝康晴 (千葉大学文学部)
    榎本美香 (東京工科大学)
    本研究では野沢温泉燈籠祭りで実施される神楽の一つ,猿田彦の舞について分析する.猿田彦の舞は,囃子を笛や太鼓で奏でる奏方と舞を行う舞方からなる.囃子の旋律や舞の型は決まっているが,演奏や舞は毎回時間的に一定ではない.にもかかわらず、「返し」と呼ばれる囃子の区切りで笛と太鼓の出だしがぴったり合い、「返し」はしばしば舞の特定の箇所で生じる.本研究では,これらを可能にしている即興的調整を特定し,その特徴を明らかにする.
  • OS09-5
    榎本美香 (東京工科大学)
    伝康晴 (千葉大学文学部)
    本研究では、予め誰が何をするか決まっていない協働活動に参加するために、(1)目前の出来事に関心を向け、(2)手助けの必要性に気づき、(3)参加できる位置にいて、(4)手助けする能力があるという必要条件がどう満たされるかを分析する。手助けが発話により要請される場合、その発話を契機として関心や気づきが生じることを示す。また、参加要請がない場合、目前の作業の流れや周囲の他者の認知状態に関心を寄せ、自身の為すべき行為が発見されることを示す。
  • OS09-6
    篠崎健一 (日本大学生産工学部建築工学科)
    藤井晴行 (東京工業大学 環境・社会理工学院 )
     沖縄本島北方の離島,伊是名島伊是名集落における民家の空間の特徴を,生活者の語りを通して考察し,そこから抽出される空間図式について議論しようとする.このため,語りの採取は,生活者が実際に生活する民家というリアルなフィールドでおこない,生活者のさまざまなタイプの語りを大切にした.筆者らが,1年半の間に得た集落の生活の経験のディテールを語りながら,フィールドのもつ豊かさを探究につなげる試みを語る.
  • OS09-7
    藤井晴行 (東京工業大学 環境・社会理工学院 )
    篠崎健一 (日本大学生産工学部建築工学科)
    空間図式の概念に基づき,居住空間の構成と住まい方の関係の持続と変容から居住者による空間の認識の仕方を捉える方法とそれを表現する言語を構築して,空間の認識の仕方,居住空間の実体的な構成,具体的な使い方の間の関係などについて合理的に議論するための基盤の構築を視野に入れ,写真日記を用いて空間図式を構成する方法を提案し,その構成的方法によってこれまでに得られている空間図式や気づきについて報告・考察する.
  • OS09-8
    西中美和 (総合研究大学院大学)
    加藤鴻介 (金沢工業大学)
    本稿は,市民マラソンにおける走者と観客の価値共創の構造を明らかにする.市民マラソンにおける「盛り上がり」が走者と観客の応援による一体感でもたらされる価値共創であることを示す.研究手法としては事例研究を採用し,定量的手法により分析する.学術的には,知識科学的観点から見た社会的認知研究における事例研究の提示として貢献する.実務的には,市民マラソン大会の成功要因の1つを示し,今後のマラソン大会における施策作成の基礎理論とする.
  • OS09-9
    高梨克也 (京都大学)
    他者の認知の利用と呼ばれる現象の生態学的価値について考察する.他者の認知の利用は2つの仮言命題の結合として定式化でき,この推論を生態学的に動機づけている要因は関連性の認知原理の観点から説明できる.特に他者の認知を推測することには,有用な環境情報がそのことによってはじめて得られるようになることがあるという利点がある.他者の認知の利用の最適化にはメタ学習が必要である.