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: 参考文献 : 手がかり刺激の非空間的属性にもとづく 視覚的注意捕捉 : 3. 結    果

4. 考    察

位置の効果では,従来の多くの知見と一致して,手がかり刺激とターゲット刺激が 同側に提示される場合よりも反対側提示の方が反応時間は有意に長く,位置手がかりと して効果をもたない両側条件では,同側条件と反対側条件の中間の反応時間が 得られた.これは,手がかり刺激により被験者の視覚的注意が確実に誘導された 結果と考えられる.

一方,手がかり刺激の属性とターゲット刺激の属性は,両者が一致していた条件では 反応時間が短縮し,不一致の条件では延長するという明確な結果が得られた.両条件は 実験内において等しい確率で提示されたため,被験者の反応にとって手がかりとして 効果を持たないと考えられる.このような手続きにおいても属性の一致・不一致が効果 を持つということは,無自覚的・自動的に手がかり刺激の属性に視覚的注意が 向けられたことを意味する.

これまでにも刺激の属性に対する注意が空間位置に対する注意に影響を持つことを 示した研究はいくつか見られる.たとえば,Hillyard & Munte (1984) は, 事象関連 電位を用いた実験で刺激属性 (色) に対する視覚的注意と空間位置に対する視覚的注意 との比較を行っている.この結果,空間位置に対する注意ほどではないものの, 刺激属性に対して注意を向けた場合でも事象関連電位の増強が見られることを 見いだした.また,Humphreys (1981) は,空間的手がかりに加えて属性に関する 情報を課題関連刺激に先行して与えた場合,空間情報のみによる促進よりも大きな 効果を持つことを示している.しかし,これらの研究における属性の手がかりは, 被験者が意図的に利用できる状態にあり,この点において本研究とは異なっている. 被験者の意図にかかわらず視覚的注意がある空間位置に対して (もしくはある対象に 対して)向けられてしまう現象は注意の捕捉 (attentional capture) と 呼ばれるが (Jonides & Yantis, 1988),本研究で示された結果は,刺激の属性に 対しても視覚的注意の捕捉が生じることを示している.

属性に対する視覚的注意の捕捉効果の時間的変化については,CLTの延長にともなって 手がかり刺激の属性による効果が減少する傾向がみられた. この時間変化に関わる傾向は,損失-利得分析による結果により 明確に示されている (図3).すなわち, 興味深いことに,属性の効果の時間特性は属性一致による促進と属性不一致による 抑制とで異なる推移をした.促進においてはCLTはほとんど影響をもたないが, 抑制においてはCLTの延長によって急速にその効果が減少してゆくことが明らかに なった.したがって,促進成分は持続的だが比較的弱く,抑制成分は一過性で強い 特性を持つといえよう.

検出課題においては,CLTの延長によって抑制が生じることが知られており,これは 復帰抑制 (Inhibition of Return; IOR) と呼ばれる (Posner & Cohen, 1984). IORは,刺激の空間属性に対してはたらき,手がかり刺激提示後約300msec経過した 後に生起して1500msec以上継続することが知られている. これに対して,本実験で得られた 非空間属性による抑制効果は,効果の立ち上がりが比較的早く,持続性が 弱いというIORとは正反対の効果を持つと考えられる.

さらに,属性関係と空間位置との間にも交互作用がみられ,手がかり刺激の反対側提示 条件における属性の不一致条件では抑制がみられない (図4).このことから,属性に 対する注意捕捉によって生じる抑制成分は手がかり刺激とターゲット刺激の提示位置が 一致している場合のみに出現し,一方,促進成分は提示位置関係にかかわらず 生起するといえる.

これらの結果のほかに本研究では,CLTの長短が位置の効果には影響をもたないことが 見いだされた. Lupianez, et al. (1997) は,700msecより 長いCLTでは弁別反応 課題においてもIORが生じるという結果を示しており,本実験の結果とは異なる. 手がかり刺激の位置の効果にCLTが影響を及ぼさなかった理由が属性関係の操作を 加えたことによるものなのかどうか,今後検討する必要がある.

最後に,同様の刺激付置・手続きを用いて,検出課題を行わせた別の 実験 (大橋, 1998) においては,属性の効果は見られなかった.これは,検出課題が ターゲットの出現に対する単純反応であるため,被験者の属性に対する“構え”が ないことによると考えられる.したがって,属性に対する視覚的注意の捕捉は, どのような事態においても生じるものではなく,課題内容と被験者の“構え”との間の 関連性により選択的に生じることが示唆される (同様の結果はFolk et al., 1992にも 示されている).

今後は,他の非空間的属性 (テクスチャなど) による注意捕捉の生起を比較検討して いくとともに,促進・抑制成分の時間的特性の違いや空間位置との交互作用をも説明 可能な視覚的注意理論を構築していく必要がある.

実験の実施にあたってご協力いただいた東北大学文学部生の山本由美氏・森本安明氏・ 佐藤久絵氏に感謝します.また,本論文の作成にあたり,ご助言をいただきました 東北大学 行場次朗助教授に深く感謝いたします.



日本認知科学会論文誌『認知科学』