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: 参考文献 : 空間認知の発達における感覚運動的知能と 概念的知能の関係 : 3. 結    果

4. 考    察

本研究の目的は,感覚運動的知能と概念的知能の相互作用の様子を具体的に明 らかにすることであった.Full課題とStep課題とで対象を定位する過程が同じで あるならば,2つの課題の成績間には1次的な関連がみられるであろう.ところが, 図1に示したように,そのような関連は見られず,さらに詳しく分析したところ, 図2に示したように,Full課題の成績が良くなるにつれて,Step課題の成績がいっ たん悪くなり,再び良くなるというU字型の曲線が得られた.また,誤反応パタ ンの分析から,単にStep課題における誤反応が上昇して下降するのではなく,誤 反応が上昇する時と下降する時とで誤反応のパタンが質的に異なることが明らか になった.

以上の結果は,3歳以降の子どもにおいては,対象が隠されたテーブルの回転 を知覚し,それに応じて指さし運動を協調させる感覚運動的知能と,隠された対 象を表象し,操作の働きにより表象の位置を変換する概念的知能が共存し,概念 的知能が発達する際には感覚運動的知能との間に相互作用が生じるために,一時 的にStep課題において誤反応が増加した,と解釈することが可能である.

Full課題において4試行とも自己中心的反応であったA群では,概念的知能がFull 課題を解決できる程には発達しておらず,Step課題においては,概念的知能より も感覚運動的知能の働きの方が優位であると考えられる.そのために,回転ごと にテーブルの見えが異なるStep課題においては,格子基準では誤反応だが左右基 準では正反応である0000パタンにみられるように,正しい位置からの多少のずれ がありながらも,感覚運動的に対象を定位することができるのであろう.しかし, 回転後にテーブルの見えが回転前と同じになるFull課題や,Step課題の180度回 転した時点では,テーブルの見えが最初と同じということに基づいたり,最後に 対象を見た場所にとどまっている対象の静的な表象の影響を受けたりして,自分 を基準に最初に対象が隠された場所を指さすので,0001パタンや0011パタンが生 じるのではないだろうか.

B群の子どもは,Full課題において,全くの自己中心的反応でなく,自分を基 準にして初めに対象があった側の対象があった場所とは少し異なる位置を指さす. 対象を隠した直後には,24試行中22試行,対象が隠された格子を正しく指さして いるので,テーブルの回転に要する3秒の間に定位がずれた可能性 が考えられるが,B群 の平均月齢46か月は全くずれなかったA群の平均月齢42か月に比べ高いことから, 自己中心的反応がずれた結果ではなく,テーブルが180度回転することにより対 象の位置が変化することに気づきかけていることを反映した結果と解釈してよい であろう.しかし,B群の子どもは,テーブルが180度回転することにより,対象 が自分を基準にして反対側に移動したとは思っていないようである.したがって, Step課題においても,回転ごとに少しずつ対象のある位置からずれていく反応が 多くなったのではないだろうか.

C群の子どもは,Full課題において,左右基準では4試行中2試行前後が誤反応 であるが (平均誤反応得点 0.63,標準偏差 0.19),格子基準では4試行全て誤反 応である.この群では,Full課題においては,概念的知能が働いており, Step課題においても,感覚運動的知能よりも概念的知能の働きの方が優位であると考 えられる.しかし,その働きが十分に発達していないために,Step課題において, 少し回転すると対象が反対側に移動したと考えたり (1111,0111パタン),180度 回転すると反対側に移動することはわかっているが対象の移動の経路がわからな いために (Piaget & Inhelder, 1966),途中で間違えるが最後は正しく反応する ***0パタンが生じるのではないだろうか.

D群からE群にかけては,感覚運動的知能と概念的知能が協調し働くようになり, 再びStep課題において誤反応が減少すると考えられる. さらにD群,E群では, それぞれの知能による定位の精度が上がるために,A群からC群で多く見られた格子 基準では誤反応だが左右基準では正反応である0000パタンの頻度が1と少なかっ たのであろう.

Full課題で移行期に相当する子どもは,Step課題での誤反応が多いという結果 は,以上のように,空間定位における2つの異なる知能の相互作用を仮定するこ とにより説明できる.つまり,概念的知能が働き始めると,それが既に働いてい た感覚運動的知能と協調的に働くようになるまでは,静的な表象の働きや感覚運 動的知能の働きと同期しない概念的知能の働きによって,感覚運動的知能が一時 的にうまく働かなくなる現象であると解釈できる.

これまでA群からE群にかけて概念的知能が発達する様子を読み取ってきたが, 概念的知能の働きは,対象の位置をどのように符号化するかということと密接に 関連すると考えられる.近年Huttenlocherら (Huttenlocher, Hedges, & Duncan, 1991; Huttenlocher, Newcombe, & Sandberg, 1994; Sandberg, Huttenlocher, & Newcombe, 1996) は,対象の位置の符号化には,きめ細かな水準とカテゴリー 水準の2つがあり,前者は2歳前後でも利用可能であり,後者は年齢が上がるにつ れてより階層的になることを明らかにしている.

符号化という観点から考えると,概念的知能の働きは,カテゴリー水準の符号 化が発達することと関連するであろう.本研究で用いた課題では,対象と対象が 隠されるテーブルとの関係が,最初はテーブルの下に対象があるというようにテ ーブルが全体としてとらえられ未分化であるのが,やがて,テーブルの右側,左 側ととらえるようになり,さらに,右側の真ん中というように分化していくと考 えられる.

対象の表象を操作するためには,少なくとも2つの部分にテーブルを分けて符 号化する必要がある.たとえば,回転前に,対象はテーブルの右側にあったとと らえれば,180度回転した場合には,対象は反対側の左側にあると予測すること ができる.このようにカテゴリー水準の符号化と操作という観点から先の5つの 群をみると,A群の子どもは,テーブル全体が分化していないために,180度回転 後にテーブルの見えが最初と同じになると,最初に対象が隠された場所を指さす と考えられる.B群では,Full課題において,全くの自己中心的反応でなく,自 分を基準にして初めに対象があった側の対象があった場所とは少し異なる位置を 指さすところに,分化の兆しがうかがえる.

C群の子どもは,対象の位置をテーブルの右側,左側という次元で把握するよ うになるが,把握の仕方が大雑把なために,Full課題において左右基準では正反 応であっても格子基準では誤反応になると考えられる.また,左右を反対にする という操作を過剰に適用するために,Step課題において少し回転すると反対側を 指さすという反応が生じると考えられる.D群からE群にかけては,Full課題にお いて格子基準でも正反応が多くなる.これは,テーブルの左右という次元に加え, 右側の真ん中というように,それぞれの側でさらに細かく対象の位置が符号化さ れるようになり,そのようなカテゴリー水準の符号化ときめ細かな水準の符号化 とが協調して働くようになったと解釈できる.

本研究では, 重なりや直観といった抽象的な言葉の記述にとどまっていた幼 児期における感覚運動的知能と概念的知能の相互作用の様子を,Step課題におい て正反応数がU字型になり,しかもその前後で異なる誤反応が生じるというよう に,量的な変化と質的な変化の双方から明確にとらえた.しかし,これまでの考 察は,ある年齢の子どもをFull課題の成績で分類した場合のStep課題の成績 に基づいて論じてきたので,先に述べた解釈以外の原因によりU字型の曲線が 得られる可能性を検討しておく必要がある.

単純な可能性としては,被験者の一部が,Full課題とStep課題の両方において, ランダムに反応した場合,Full課題とStep課題の成績がC群に近くなることが考 えられる.しかし,このような場合には,C群のStep課題の誤反応において, ***0パタンと同様に, その他のパタン (1001, 0101, 1101, 1011) の出現が期待 されるが,期待度数の8に比べて観察度数は2と少なかったので,ランダム反応 の可能性は少ないと考えてよいであろう.

今後の重要な課題は,今回の横断的なデータを分類した結果得られたU字型の曲 線が見かけのものではなく,多くの子どもがA群からE群へと発達的に変化するか を縦断的研究により確認することである.その際には,表1に示した各群の平均 月齢が参考になる.A群は42か月,B群とC群は45か月前後,D群とE群は50か月前 後であった.平均すると,このような年齢において先に述べた各群の特徴が見ら れると予想されので,3歳から4歳にかけて,数か月間隔でデータを取らなければ ならない.さらに,このような縦断的検討に加えて,Full課題とStep課題とは別 に,感覚運動的知能と概念的知能の発達を査定する課題を加えると,空間定位に おける2種類の知能の相互作用の様子をより詳しく描き出すことができるであろ う.

また,今回の研究で,初めは対象のある方に手を伸ばしかけるが,途中から反対 側に移動し,最終的には間違えるという面白い反応が観察されたので,今後はビ デオカメラを複数台設置するなどして,このような微妙な現象をとらえる工夫が 必要になる.さらに,先に述べた符号化の発達を調べることにより,回転前の符 号化方略と回転中の定位方略との関連を明らかにすることも今後の興味深い課題 になると考えられる.

実験にご協力いただきました音聞山保育園の大塚ちゑ子園長先生,諸先生方,な らびに園児の皆様へ心よりお礼申し上げます.



日本認知科学会論文誌『認知科学』