空間認知の発達における最も大きな変化は,空間を表象できるか否かであろう. 例えば,Piaget (1947) は,知能を感覚運動的知能と概念的知能に二分しているが, 両者の大きな違いは,表象能力の有無である.
これまでの空間認知の発達に関する研究では,表象能力が無い,もしくは十分 機能していないと考えられる乳児期と,表象が機能し始める幼児期以降とが別々 に研究されてきた.乳児期における関心は,知覚運動能力や表象機能の発達であ り,幼児期以降は,表象された空間の性質や表象操作の発達であった.したがっ て,感覚運動的知能が幼児期以降にどのように働いているのか,という疑問に答 えるような研究は,概念的知能の発達のメカニズムを明らかにする上でも重要で あると考えられるにもかかわらず,ほとんど行われてこなかった.
Piagetの発達理論では,2歳までは感覚運動的知能の段階で,4歳頃から前操作 期の直観的思考が始まり,象徴機能の発生によって,それまでの単純な活動に概 念化された活動が重なり合うと考えられていた (Piaget, 1970).またPiagetは, 直観を内化された活動のシェムと対象の知覚とが直接に関連したものと考えてい た (Piaget, 1947).しかし,空間認知の発達において,実際の活動と直観や操作 とが相互に作用する様子は,実証的には明らかにされていない.
だが,関連する研究が全くないわけではない.Piagetは,感覚運動的知能は生 涯にわたり思考に働きかけ続けると主張しており,空間認知の発達においても, この考えに沿った実証的研究が行われてきた.例えば,他視点取得の発達を調べ ている「3つの山問題」では,実際に子どもを移動させたり,刺激布置の回転を 観察させることにより成績が向上する (岩田,1974; 杉村・竹内・今川, 1992). また, 立体の展開図を予想するイメージの形成には,子ども自身が立体を展開 したり,展開過程を模倣することが有効である (都筑, 1980).
しかしながら,このような経験の効果を調べる研究では,感覚運動的経験によ り概念的知能の働きが促進されることが明らかになっても,感覚運動的知能と概 念的知能との発達的な関係が明らかにならない.2つの知能の相互作用を検討す るためには,感覚運動的知能と概念的知能の両者が関係する課題を用い,何らか の形で相互作用の様子が目に見えるように工夫するとともに,概念的知能の発達 を査定する必要がある.本研究では,このような条件を満たす課題として,乳幼 児期の空間定位能力を調べる課題に着目した.
Wishart & Bower (1982) は,テーブル上に置かれた複数のコップのいずれか 1つに対象を隠し,子どもやテーブルを回転させた後,子どもに対象を探索させ るという課題を行い,2歳までに誤反応がほとんどなくなることを報告している. ところが,形式的には同じ課題であるのに,4歳前後でもかなりの割合で誤反応 が生じたという報告もある (Lasky, Romano, & Wenters, 1980; Meyer, 1940; 杉村, 1989).
また,Piaget & Inhelder (1966) は,以下に紹介するように,空間定位の発達 を考える上で参考になる興味深い実験を行っている.棒に通された色の異なる 3つの玉をボール紙の管の中に入れる.その後,管を180度回転させ,子どもに, 3つの玉の順序と軌道を描かせる.その結果,順序の変化を正しく答えた子ども の割合は,4,5,6歳の順に25%,73%,100%と上昇するが,軌道に関しては, 4,5歳で正しく描けた子どもはおらず,6歳でも7.7%であった.また,軌道に関して は,管をとりはずして,玉の回転が見えるようにしても,見えない条件と比べて 大きな違いはなかった.
Piagetらの課題は,表象や操作の発達を調べるためのものであるが,対象の数 を1つにした場合,先に述べた感覚運動的知能の発達を調べるための空間定位課 題と形式的に類似している.そこで杉村 (1996) は,直観的思考が始まる3歳から 4歳にかけては,空間定位の過程に感覚運動的なものと概念的なものの両者が反 映されると考えた.そして,対象が移動した軌道を描かせるかわりに,テーブル を45度ずつ回転させ,そのつど対象の位置を指ささせるStep課題を考案し,一度 にテーブルを180度回転させるFull課題との関連を調べることにより,空間定位 の過程を検討した.
幼児期における空間定位が,感覚運動的に行われているのであれば,Step課題 は1回当たりの回転角度が小さく対象の移動距離が短いので,Full課題よりも容 易であると予想される.これに対して,感覚運動的ではなく概念的に行われ, Piaget & Inhelder (1966) が明らかにしたように,順序の操作に比べて 移動の操作が遅れ て発達するのであれば,複数の次元にわたる移動の操作が要求される45度ずつの 変化は,一次元的な順序の操作により認識することができる180度の変化よりも, 概念的に把握しにくいと考えられる.したがって,Full課題の方がStep課題より も容易であると予想される.
実験の結果,Step課題で正反応だがFull課題で誤反応の子ども,Full課題で正 反応だがStep課題で誤反応の子どもの両者が存在することが明らかになった.こ の結果は,幼児期の空間定位の過程は,感覚運動的か概念的かという二者択一的 な見方では十分にとらえることができず,Piagetが主張するように感覚運動的な ものと概念的なものの重なりとしてとらえる必要があることを示唆している.
本研究では,この結果を受け,杉村 (1996) の方法を改善することにより,重な りや直観といった抽象的な言葉ではなく,感覚運動的知能と概念的知能の相互作 用の様子を具体的に明らかにすることを目的とした.そのために,1試行ずつだっ たFull課題とStep課題の試行数を4試行ずつにし,課題間の成績の関連を詳しく 調べることができるようにした.また,Full課題ができるのにStep課題ができな い子どもが存在したが,その誤反応には概念的な誤りが反映されていると考えら れる.そこで,テーブルやカバーの上に格子を描くことにより,誤反応の内容を 詳しく分析できるようにした.