以上の結果から,SRNは平叙文だけではなく,疑問文のようなより複雑な文構造を持つ 文の文法をも予測学習によって獲得することが可能であるということが分かった.
従来からの文法獲得研究の中心的な課題の一つに,否定証拠欠如の問題がある.文法的 知識を正しく獲得するためには,その文法規則に則った文の情報 (肯定証拠) と,その 文法規則に反した文 (否定証拠) の情報の双方が必要であると 言われる[大津大津1995].しかし,子供が文法獲得を行う際,外部から否定証拠を 得ることはほとんどないにも関わらず,正しい文法を獲得することができる.この 否定証拠欠如の問題に対して,様々な説明が考案されてきたが,一連の シミュレーションは外部から直接的な否定証拠を得ることができなくても文法学習が 可能だということがSRNによる予測学習から説明可能である ということを示している.
また,今回のシミュレーションでは次の単語がどのようなものかを,以前に入力された 部分文字列の履歴からネットワークに予測させている.そして,本論文 やElman (1991) のシミュレーション結果より,ネットワークは次の単語の条件付き 遷移確率を近似することを学習していると言える.現実に人間が文法学習において, そのような遷移確率を元にした学習を行っているのかどうかのデータはない. しかし,Saffranら (1996) は8ヶ月の子供に人工言語を聞かせる実験を行った結果, 子供が連続音声の中からシラブルの遷移確率を学習でき,それを単語の再認テストに 利用できることを示している.よって,子供が同様に文中の単語の遷移確率を利用して 文法構造を学習している可能性も十分あり得る.
一方,Cleeremans & McClelland (1991) によって,SRNは潜在学習の有望なモデルで あることが示唆されている.言語学習の全てがSRNによって条件付き遷移確率を元に して行われていると主張することはできない.しかし少なくとも子供の言語獲得の中で 潜在的に行われる部分に関しては,SRNによる単語の条件付き遷移確率の学習は 可能性の高いメカニズムであると言えるのではないだろうか.
本研究は科学技術庁の平成9年度科学技術振興調整費による「ヒトを含む霊長類の コミュニケーションの研究」の一環として行われたものである.本研究に対し貴重な ご助言をいただいた慶應義塾大学言語文化研究所大津由紀雄教授に感謝します.