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日本認知科学会

入会のご案内

横澤一彦

2017年フェロー.
東京大学教授

1. 高次視覚研究の道へ
 横澤一彦さんは、東京工業大学工学部情報工学科、東京工業大学大学院総合理工学研究科電子システム専攻修士課程を経て、1981年に日本電信電話公社(現NTT)の基礎研究所に就職され、研究者としてのキャリアをスタートされた。当初は、ニューラルネットワーク等を用いた手書き文字のパターン認識に関わる、主に工学的、計算機科学的な研究に従事されていた。それらの研究を学位論文としてまとめた1990年頃から、横澤さんは、新たな研究テーマに取り組むことを決意され、我々にとってはとても幸運なことに、人間の「高次視覚」(この語は、恐らく横澤さんの造語)をそのテーマとして選ばれた。それ以来30数年にわたり、我が国の視覚認知の研究をリードするとともに、この分野の研究を世界に伍するレベルに引き上げるために多大な貢献をされてきた。
 横澤さんのこれまでのライフワークは、「統合的認知」(これも横澤さんの造語)というシリーズ(全6巻)の書籍にまとめられている(現時点で、一部、続刊)。同シリーズは、「注意」「オブジェクト認知」「身体と空間の表象」「感覚融合認知」「美感」「共感覚」といった国際的にも他に例を見ないユニークなテーマ構成と内容で、すでに広く注目を集めている。横澤さんと仕事をした事がある者は、皆、横澤さんの視野の広さと問題の捉え方の適切さに驚く。思いもよらなかったが、言われてみれば極めて真っ当というようなことを指摘される。同シリーズの構成も、まさにその一例である。ここでは、この構成に従って、横澤さんの業績を紹介する。

2. 注意とオブジェクト認知の研究
 高次視覚の研究を始められた当初は、横澤さんの研究は、主に、視覚的注意とオブジェクト認知に関するものが中心であった。この期間は、数年ごとにATR視聴覚機構研究所出向、東京大学生産技術研究所出向、南カリフォルニア大学滞在など、研究の拠点が変わるという傍目には落ち着かない状況の中でも、これらの研究に文字通り邁進された。
 まず、横澤さんは、人間の文字認識のメカニズム関する研究にとり組まれた。我が国の文字認識の研究分野は、文字や単語の特殊性を考慮しつつ、アルファベット文字を中心にできあがった実験方法や理論をどのように適用するかといった難しい問題があり、それまで、なかなか進展していなかった。横澤さんは、その当時の最先端の実験方法や理論を日本語の文字や単語の認識、理解に関する研究に導入した。この成果は、その後、誤字の探索などの研究へと繋がっている。また、文字以外のオブジェクトの認知の研究にも関心を持たれ、その分野の世界的な第1人者である南カリフォルニア大学のBiederman教授のもとで在外研究にも従事された。オブジェクトの研究に関しては、その後、物体の概念と形状の関係、視点の方向(見え方)の問題、シーンの理解など、幅広い方向に研究を展開された。これらの研究に一貫しているのは、刺激の知覚的な特徴と認識との関係を精緻な実験で明らかにしようという点である。あくまで、視覚の研究を、より高次の認識の方に拡張しようという明確な意図が感じられる。
 視覚探索を中心とした視覚的注意に関連する研究でも、横澤さんは多くの成果を挙げられている。ちなみに、今日、定着している「視覚探索」という語も横澤さんの創造によるものである。”Visual search”は、それまで心理学用語としては「視覚的探索」という訳語が用いられることが一般であった。私が知る限り、我が国で「視覚探索」という語が用いられた最初の事例は、横澤(1990)「視覚探索における最近の諸問題 」(日本認知科学会、パターン認識と知覚モデル研究分科会資料)であり、また、論文のタイトルとしては、「認知科学」誌に発表された横澤 (1994)が初出である。視覚探索に関連した研究では、心理実験に加えて、シミュレーション研究やfMRIを脳メカニズムに関わるものもある。シミュレーション研究は、注意のプロセスが異なる解像度を有するフィルタ間の統合に基づくという仮定で、実際の実験データが説明できることを示したものである。この研究は、横澤さんが、今は新国立美術館が建つ東大の六本木キャンパス(当時)にあった東京大学生産技術研究所の、実験設備を整備することもままならない環境の中で(旧陸軍の兵舎を改造した、角が90度ではない不思議な形をした部屋で)、なされたものであった。また、私も関わったfMRIを用いた研究では、視覚提示された物体の中から特定の標的物体を探すプロセスと、記憶している表象の中にある物体の中から特定の標的物体を探すプロセスが、脳の部位としてどの程度、共通しているかを調べた。この研究は、全く同じ刺激のセットを用いて、この2つのプロセスを比較するという非常にエレガントな実験で(著者の一人として手前味噌ではあるが)、未だに頻繁に引用され続けているものである。
 この辺りの研究成果は、著書である「視覚科学」にもまとめられている。同書は、当該分野の単著による専門書としては我が国唯一のものとして極めて評価が高い。また、この頃の横澤さんは、ご自身の研究活動に加えて、「視覚探索」に興味のある若手の研究者を集めた研究会を主宰され、また諸学会で頻繁にシンポジウム等を開催するなど、主に若手を対象とした研究の啓蒙に尽力された。ところで、横澤さんと私の交流は、1990年、私の視覚探索に関する学会発表の場に横澤さんが来られた時に遡る。学会で発表しても、多分、誰からも相手にされないに違いないと思っていた私にとって、横澤さんからの専門的な質問に心底、驚いたのをいまでも覚えている。私にとって横澤さんとの出会いは、荒涼たる荒野で期せずして同士に巡りあったような、とでもいうべきものであった。その頃から今日に至るまで、横澤さんには、私も含めこの分野の研究を行っている者は、時に厳しく叱咤激励していただいているが、その内容は常に的確であり、我々のことを慮ってのことであることがよく分かる。他人に対する以上に、ご自身を厳しく律されている様子を垣間見るにつけ、その叱咤激励には十分な説得力がある。若手のサポートは、横澤さんの、ご自身が若手の頃からのライフワークともいうべきもので、日本心理学会の「注意と認知」研究会や認知科学会のサマースクールなどの活動にも繋がるものである。

3. 身体と空間の表象、感覚融合認知の研究
 1998年に東京大学大学院人文社会系研究科に異動された頃から、横澤さんの研究は、大きく幅と深さを増すこととなる。身体と空間の表象に関する代表的な研究は、刺激反応適合性に関するものである。特に、刺激の提示位置と反応すべきキーの位置が一致する場合には、そうでない場合に比べて、反応が促進されるという現象(サイモン効果)や、それに類した効果を様々な条件下で調べた一連の研究は、これまで横澤さんが主に取り組んでこられた注意や認識に関する研究を、反応や行為といった行動の生成に関わるメカニズムの解明に展開したものである。ここでも、詳細な刺激パラメータとアクションの関係を調べた実験が行われている。視覚実験を基礎として、アクションの選択のメカニズムを解明しようという一貫したスタイルが特徴的である。
 刺激反応適合性の研究でも、聴覚刺激と視覚刺激を用いて、これらの脳内の刺激表象(空間座標系)と外部の空間座標系の統合あるいは競合のメカニズムの解明が行われているが、さらに、横澤さんの研究は、その後、視覚情報と聴覚情報の統合に関する研究へと展開する。また、感覚融合認知(これも、横澤さんオリジナルの語)の研究の中でユニークなものとして、視覚と触覚の間で起きるラバーハンド錯覚を、視覚と温熱感覚に拡張したものがある。視覚と温熱感覚の統合に関しては、ほぼ未解明であるが、この研究は、この分野の嚆矢となるべきものであろう。

4. 共感覚と美感の研究
 例えば、文字を見たときに、文字毎に異なる色がついているように見えるといった共感覚(この場合は色字共感覚)について、そのような体験を報告する人々が存在すること自体は、古くから知られていた。しかし、それを科学的に解明しようという試みは、ごく最近、なされるようになってきた。この現象は、単に興味深いというだけではなく、人間の視覚情報処理のメカニズムがどのように発達するのかといった、科学的に非常に価値のある重要な意義を含んでいる。その中で、日本語の文字体系の特殊性と、アルファベット文字との共通性に着目した一連の研究を通じて、共感覚を理解するためのモデルを提案されるなど、精力的な研究が行われている。この研究では、主観的な共感覚者の体験を科学的に検証可能なデータとして取り出すことに、非常に慎重かつ精緻な方法が用いられているのが印象的である。
 共感覚については、横澤さんたちは、単に学術的な研究のみならず、科学的成果をもとに、様々な媒体で正しい情報を発信することで、共感覚者に関する偏見や共感覚者自身の不安を取り除くなどの、社会的な活動にも尽力されていることは、ぜひ、ここで取り上げなくてはならないであろう。マスコミなどの取材を好まれない横澤さんも、この件では精力的に活動されている。これは、横澤さんが、認知科学者としての社会的な役割に対しても真摯に向き合われている証拠といえる。自分の与えられた立場や置かれた状況に柔軟に適応し、最大限に期待される成果を出すというのが、私が横澤さんに対して持っている印象の一つである。
 最近、横澤さんは色の好みに関する国際比較研究にも取り組んでいる。色の好みが文化的な影響を受けることを米国人と日本人の比較から明らかにしているが、この研究で、最も興味深いことは、日本人は米国人に比べて、色と抽象的な概念を連合させる傾向が高いということを明らかにしたことであろう。むしろ、米国人が色から抽象概念をあまり連想しないことの方が、私にとっては驚きでもあった。この成果は、Cognitive Science誌に掲載されている。この30年の間に、我が国の視覚認知の研究が、国際的にみても高いレベルになったことは、全く疑う余地はない。実際に、心理学系の国際誌の論文数は爆発的に増えている。しかし、Cognitive Science誌に発表された視覚認知系の研究は、これまで、ほぼ皆無であろう。やはり、横澤さんは常に我々の先頭にたって、自ら範を示して、我々を鼓舞されているように思えてならない。
 横澤さんの最近の研究は、主観的な体験、美感や感性といったより高次な視覚情報処理のメカニズム理解に向かっているように思われる。これらは、心理学者が躊躇するような領域であるが、それらに対しても、厳密な実験手法や精緻な理論的な枠組みを駆使して取り組む横澤さんの研究スタイルが貫かれている。

5. 最後に
 横澤さんの研究の広さと深さは、本稿の最後に付した主要業績のリストからも明らかである。しかし、横澤さんの興味と探究心はとどまるところを知らないようである。横澤さんは、毎年のように新たなテーマに取り組まれており、その意味では、このリストも横澤さんの研究の通過点を示しているに過ぎない。横澤さんの広い視野から問題の全体を眺め、その中の核心を的確に把握し、それに鋭く切り込む研究スタイルが、この先、どのようなテーマに向けられるのか、非常に楽しみである。これまで我々が受けたご恩に対する深いお礼、ならびに、今後のご健康と、ますますの研究の発展を祈念して本稿を閉じることとしたい。

文献

視覚科学一般
横澤 (2017). つじつまを合わせたがる脳、岩波書店
横澤 (2014). 統合的認知, 認知科学, 21, 3, 295-303.
横澤 (2010). 視覚科学、勁草書房

注意と見落とし
河原、横澤 (2015). 注意 選択と統合、勁草書房

Nakashima, R., Watanabe, C., Maeda, E., Yoshikawa, T., Matsuda, I., Miki, S., & Yokosawa, K. (2015). The effect of expert knowledge on medical search: Medical experts have specialized abilities for detecting serious lesions, Psychological Research, 79, 5, 729-738.
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オブジェクト認知と情景理解
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刺激反応適合性
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感覚融合認知
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色字共感覚と色嗜好
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(熊田 孝恒 記)